2016/6/28 子宮全摘術後の闘い⑧─後遺症 2── | pinocoのブログ

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2015年巨大子宮筋腫のために

子宮全摘術後を行ったその後の記録です

 

 

 

 

2016年6月28日に書いたモノです

 

 





2016年6月28日(火)

手術の時の麻酔科専修医と話す時間を与えられた


針を刺したときの場所からみて、足の痺れはあり得ないというのが向こうの言い分だった


針を刺して、右側の足と腹部、背中に電気が走った事は理論的にわからないそうだ


理論的にわからないといっても、実際そのときに感じた事は事実で、じゃあ、それは何の可能性だったと考えられるか聞いたら、
「ぎっくり腰になったのではないのでしょうか?」
と、上司の麻酔科医の方がいっていた

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「全く力も入れずにただ、横になっている状態でぎっくり腰ですか?」

と思わず聞き返してしまう





麻酔の針を刺す時の意識の有無を手術の前に選択させられ、有る方を選んだ為にこんな疑問も湧いているのだ






針を刺す前の背中の消毒の声掛けもなく行ったことに対しての答えは、馬鹿らしくて力が抜けた


「麻酔というものは危険な行為です。患者さんの為に少しでも早くやりたいという思いがいっぱいで、声もかけずにそうしてしまいました
もう一つの理由は声掛けする事によって、患者さんが声に反応し、動いてしまい、危険な状態になることを恐れたからです」


こう言った専修医に自分はこう返す

「介護をするときも、見えているものに対してですら声掛けをするのは当たり前のことです
それに声掛けしないで冷たい水のようなものをいきなり背中にかけられたら体はビクッと反応します。声掛けをする事によって患者はくるぞってわかるから体の動きをおさえるんじゃないんでしょうか?」


専修医とその上司と名乗る、麻酔科医はうんうんと大きく頷き、その事に対しての謝罪の言葉を述べた



話にならない

言い訳も甚だしい



それでも話し合いを冷静に進めていた


この半年ずっと引っかかっていた全てのことを聞いてみた



麻酔に問題がないならば、なぜ麻酔が覚めてからも右足だけぶらぶらだったのか、

そけい部から下の表面の感覚が弱いのか、

針を刺して足の神経にこない場所なら、なぜ術前の説明で、体のどこかに響くことがあると言ったのか
体のどこかではなく、部位を言うべきじゃなかったのか


術前の説明についても謝罪の言葉がその場であった




一時間以上の面談をして、論理的なことはわかった


わかったけれど、あのタイミングでの状態はぎっくり腰かなにかで済まされていいわけじゃない


麻酔科専修医とその上司の医師の説明は、自分を納得させるものではなく、さらに何かしっくりこないストンとこない何かを増幅させるに過ぎなかった


誰を責めているわけではない


自分の体が歩行器がないと歩けない状態になっている事の原因が何かを知りたいだけである


原因は一つではない


確信する何かを感じた話し合いだった




面談室を出た後、公衆電話の前でひとりぼーっと時間を過ごす



なんとなく病室に戻る事が出来なかった



手術の前日ですら大盛ご飯をペロリと平らげていた自分だが、流石に口をつけただけで入っていかなかった



いかんいかんと思いながら窓の外に広がる空をみた