遠い宇宙(ソラ)の記憶 act.11(エピローグ) | トリンリのおもちゃ日記

極から低緯度へと吹く風が、湿り気を帯びてきた。


太陽(サン)と軌道上の燃える天体(ゴッド)は"人面岩"の陰に沈み、火星(マーズ)に夜が訪れた。



軌道上に輝くゴッドによって温められたマーズは、50年にわたって地下の氷が溶け、地表は地球(テラ)を思わせるような緑の野となった。

かつての赤茶けた大地に何本もの亀裂が入り、大量の水が湧き出したのだ。


水は、地表に酸素をももたらした。

地下に眠る氷に、大量の酸素が溶け込んでいたのである。


マーズの気温はテラよりも低い。

テラにおける"夏"は、ここマーズには存在しない。春と秋と冬が、目まぐるしく入れ替わる気候だった。



私はカレルレン。

テラ連邦政府のクウム人元首だ。



テラ連邦は、クウム人の住むマーズ、テラ人の住むテラ、月の裏側に位置するスペースコロニー〜主にクウム人が住んでいる〜からなる連邦国家だ。


今、"人面岩"を望むホテルのテラスでは、私の甥の結婚式が始まろうとしていた。

甥はクウム人、花嫁はテラ人である。

今や両者は、過去のわだかまりを越えて、活発に交流している。

クウム人もテラ人も争った過去を知ってしまったが、それについて拘泥する者はもう1人もいなかった。



クウム人と帰還したテラ人が一触即発となった250年前から、火星の軌道上にはゴッドが存在している。

ゴッドは黙して語らず、我々人類を見守っている。

威厳に満ちたその声を聴くことは、もうないのかもしれない。


ゴッドは滅ぼす神であり、救う神でもある。

いつか、星辰の彼方に飛び去って行くかもしれない。

火星は再び寒冷になるが、人類の知恵でどうにかなるだろう。



今から250年の昔、火星のこの地に、クウム人の探査衛星バイキング1号が飛来した。

その時物議を醸した"人面岩"も、今は緑の山となっている。


いつかはテラもマーズも、この宇宙から消え去る日が来るであろう。

我々人類は〜その時まだ存在していたらの話だが〜新天地を求めて大宇宙を彷徨うのであろう。


過去の轍は二度と踏むまい。


クウム並びにテラに幸あれ。



(fin)グラサン



(画像はお借りしました)