極から低緯度へと吹く風が、湿り気を帯びてきた。
太陽(サン)と軌道上の燃える天体(ゴッド)は"人面岩"の陰に沈み、火星(マーズ)に夜が訪れた。
軌道上に輝くゴッドによって温められたマーズは、50年にわたって地下の氷が溶け、地表は地球(テラ)を思わせるような緑の野となった。
かつての赤茶けた大地に何本もの亀裂が入り、大量の水が湧き出したのだ。
水は、地表に酸素をももたらした。
地下に眠る氷に、大量の酸素が溶け込んでいたのである。
マーズの気温はテラよりも低い。
テラにおける"夏"は、ここマーズには存在しない。春と秋と冬が、目まぐるしく入れ替わる気候だった。
私はカレルレン。
テラ連邦政府のクウム人元首だ。
テラ連邦は、クウム人の住むマーズ、テラ人の住むテラ、月の裏側に位置するスペースコロニー〜主にクウム人が住んでいる〜からなる連邦国家だ。
今、"人面岩"を望むホテルのテラスでは、私の甥の結婚式が始まろうとしていた。
甥はクウム人、花嫁はテラ人である。
今や両者は、過去のわだかまりを越えて、活発に交流している。
クウム人もテラ人も争った過去を知ってしまったが、それについて拘泥する者はもう1人もいなかった。
クウム人と帰還したテラ人が一触即発となった250年前から、火星の軌道上にはゴッドが存在している。
ゴッドは黙して語らず、我々人類を見守っている。
威厳に満ちたその声を聴くことは、もうないのかもしれない。
ゴッドは滅ぼす神であり、救う神でもある。
いつか、星辰の彼方に飛び去って行くかもしれない。
火星は再び寒冷になるが、人類の知恵でどうにかなるだろう。
今から250年の昔、火星のこの地に、クウム人の探査衛星バイキング1号が飛来した。
その時物議を醸した"人面岩"も、今は緑の山となっている。
いつかはテラもマーズも、この宇宙から消え去る日が来るであろう。
我々人類は〜その時まだ存在していたらの話だが〜新天地を求めて大宇宙を彷徨うのであろう。
過去の轍は二度と踏むまい。
クウム並びにテラに幸あれ。
(fin)
(画像はお借りしました)