それは、微かな呼び声だった。
翻訳装置を介在したメッセージは、ともすれば"神"がもたらす電磁ノイズによってかき消されそうになった。
同じ波長の通信を、何度も繰り返している。
先住人類からのメッセージだった。
私はカレルレン。
地球(テラ)連邦政府の女性元首だ。
何ということだろう!
先住人類たちは、テラの南半球の"大大洋"への着水を求めている。
攻撃する意図はないので、攻撃しないで欲しいと言っている。
何故、彼らは逃走しないのだろうか?
航行するエネルギーが尽きたのか、はたまた生まれ故郷の海で死にたいのか?
今更、敵も味方もない。
私たち8人委員会は、彼らの着水を認めた。
モニターの画面の半分が、テラの大大洋の様子を映し出している。
我々の物とは明らかに異なる宇宙船たちが、金色の尾を引きながら着水していった。
それは、美しく、荘厳な眺めだった。
今、かつての侵略者と犠牲者が、テラで再び邂逅したのである。
先住人類の船のハッチが開き、執政官とおぼしき男が姿を現した。
見覚えのある衣装。
我々クウム人と寸分の違いもない顔形。
確かに"神"の言うところの同種の人類だ。
先住人類の目には、敵意の記しは見えなかった。
今や"神"は、コロナを燦然と輝かし、火星軌道上を公転している。
コロナの光は、白色からレモン色に戻った。
おそらく、我々と先住人類の行動を観察しているのであろう。
まだ安心はできないが、テラに向けて一閃を放つのことは止めたようだった。
我々クウム人と先住人類は、"神"の御宣託を待った。
しかしながら"神"は一言も発しない。
我々は、砂漠の大陸と氷の大陸への先住人類の入植を認めた…
そして200年の時が過ぎた。
私の記憶は若い男性に引き継がれた。
"神"は今もなお、火星軌道上にある。
黙して語らないが、引き続き我々の様子を伺っているのだろう。
クウム人と先住人類〜彼らは"テラ人"と名乗ることを選んだ〜は、ゆっくりと交流し、お互いの科学技術を交換するようになった。
統一された"テラ連邦国家"が、今、日の目を見ようとしている。
思ってもみなかったことだが、"神"の光の恩恵で、火星はハビタブルな環境になりつつあった。
私は全クウム人を代表して、テラ人たちに謝罪した。
そして、母なるテラをテラ人に返還し、クウム人は火星に移住することになった。
火星を公転する"神"は、我々クウム人にとって小さな太陽(サン)だった。
発するコロナに変化は見られない。
しかしながら、一歩道を踏み外したときには、クウム人にもテラ人にも呵責な"鉄槌"を下すのだろう。
クウム人もテラ人もそれを恐れていた。
常に監視されている生活は、窮屈でもあり安心でもあった。
(画像はお借りしました)