遠い宇宙(ソラ)の記憶 act.10(ランデブー) | トリンリのおもちゃ日記

それは、微かな呼び声だった。

翻訳装置を介在したメッセージは、ともすれば"神"がもたらす電磁ノイズによってかき消されそうになった。

同じ波長の通信を、何度も繰り返している。

先住人類からのメッセージだった。



私はカレルレン。

地球(テラ)連邦政府の女性元首だ。



何ということだろう!

先住人類たちは、テラの南半球の"大大洋"への着水を求めている。

攻撃する意図はないので、攻撃しないで欲しいと言っている。

何故、彼らは逃走しないのだろうか?

航行するエネルギーが尽きたのか、はたまた生まれ故郷の海で死にたいのか?


今更、敵も味方もない。

私たち8人委員会は、彼らの着水を認めた。



モニターの画面の半分が、テラの大大洋の様子を映し出している。

我々の物とは明らかに異なる宇宙船たちが、金色の尾を引きながら着水していった。

それは、美しく、荘厳な眺めだった。


今、かつての侵略者と犠牲者が、テラで再び邂逅したのである。


先住人類の船のハッチが開き、執政官とおぼしき男が姿を現した。

見覚えのある衣装。

我々クウム人と寸分の違いもない顔形。

確かに"神"の言うところの同種の人類だ。


先住人類の目には、敵意の記しは見えなかった。



今や"神"は、コロナを燦然と輝かし、火星軌道上を公転している。

コロナの光は、白色からレモン色に戻った。

おそらく、我々と先住人類の行動を観察しているのであろう。

まだ安心はできないが、テラに向けて一閃を放つのことは止めたようだった。


我々クウム人と先住人類は、"神"の御宣託を待った。

しかしながら"神"は一言も発しない。


我々は、砂漠の大陸と氷の大陸への先住人類の入植を認めた…



そして200年の時が過ぎた。

私の記憶は若い男性に引き継がれた。

"神"は今もなお、火星軌道上にある。

黙して語らないが、引き続き我々の様子を伺っているのだろう。


クウム人と先住人類〜彼らは"テラ人"と名乗ることを選んだ〜は、ゆっくりと交流し、お互いの科学技術を交換するようになった。

統一された"テラ連邦国家"が、今、日の目を見ようとしている。


思ってもみなかったことだが、"神"の光の恩恵で、火星はハビタブルな環境になりつつあった。


私は全クウム人を代表して、テラ人たちに謝罪した。

そして、母なるテラをテラ人に返還し、クウム人は火星に移住することになった。



火星を公転する"神"は、我々クウム人にとって小さな太陽(サン)だった。

発するコロナに変化は見られない。

しかしながら、一歩道を踏み外したときには、クウム人にもテラ人にも呵責な"鉄槌"を下すのだろう。

クウム人もテラ人もそれを恐れていた。

常に監視されている生活は、窮屈でもあり安心でもあった。


グラサン(画像はお借りしました)