~自分自身へのディスカウントと過剰適応が起こすもの~
私の知り合いで、たかが近所に日帰りで遊びに行くのに旅行のように大きなカバンで来る人がいます。一体何が入っているのかと尋ねると…今必要なの?というものばかり、その人なりの言い分があるのですがね…
さて、あなたの普段持ち歩いているあなたのカバンの大きさはどれくらいでしょう?
もちろん目的によって違うとは思いますが…
まずカバンを空っぽにしてみてください、そしてそのカバンを持ってみてください…
きっと「軽い、なんて軽いんだ」ということに気づくでしょう。
ここで、はじめて気づくのです私はどんな重いものを入れていたのだろう
・そのカバンには何が入っていたのでしょうか?
・なにが入っているかを把握していましたか?
・それは誰にとって必要なものですか?
・それは何時・何処で必要なものですか?
・それを今まで一回でも使いましたか?
・それは何個重複して、入っていますか?
「備えあれば憂いなし」というように不測の事態に対して準備は大切なことです。
しかし大人として過剰な不安や恐怖に対する準備はやはり「ディスカウント」と考えられます。
これらを、ディスカウントの三つの領域(自分・他者・状況)に置き換えて考えてみます
あなたは、一人の大人として「カバンにそれ」がなくともきちんと対処する能力を持っています。
あなたの友達もあなた心配しなくとも自分自身で対処する能力を持っています。
そしてあなたの行く場所は無人島のようななにもない場所ですか?
実際に、せっかくの楽しい休日に重いカバンをもって一日中歩き回ったら家に帰ってきて「グッたり」です。外出のたびにこんなことを繰り返していたらどうでしょう?
外出が嫌いになりませんか?
心身一如という言葉通り、カバンの軽さはこころの軽さに繋がってくるのではないでしょうか?
露入り前の気持ちの良い季節、あなたは軽~いカバンで出かけますか、それとも…