皆さまこんにちは、今日は本当に「花散らしの雨」になりそうですね。
さて、前回はディスカウントがどの領域で起こるかというお話でしたが、今回はディスカウントのタイプのお話です。タイプと言ってもピンとこないと思いますが、何をディスカウントするかというディスカウントの「種類」と考えていただければよいかと思います。
【2】ディスカウントのタイプ
ディスカウントのタイプには「刺激」「問題」「代替案」の3種類があります。
①刺激のディスカウント
刺激をディスカウントするとは「なにも起こっていないさ」と自分自身への気づき(知覚)の入力をゼロにしてしまうことです。
例…ゲホゲホと苦しそうに咳きこむ友人に「ひどい咳だね」と言ったところ「咳なんてしていませんよ、まったく何を言っているんですか」と返すとすると、友人は自分が咳をしているという気づき・知覚を無視していると言えます。
又、刺激のディスカウントは兆候のディスカウントとも言えると思います。つまり、何か問題が起こるサインといえばいいかもしれません。皆さんもそんなサインを見逃して後悔したことはあるのではないでしょうか?
例えば、このところ車に乗ると変な音が聞こえてくるが無視(ここが兆候のディスカウント)して乗っていたら出先で突然エンジンがかからなくなった!後に修理工場で聞いたところ「これだけ悪くなっていたら変な音が出るものですけど、何か気が付きませんでしたか?」と聞かれる
このように刺激や兆候のディスカウントはその後に問題を大きくそしてややこしくしながらの問題のディスカウントへとつながっていきます。
②問題のディスカウント
問題のディスカウントとは、何かが起っていることは気づいていますが、その起こっていることが問題を提示していることを無視します。
例…ゲホゲホと苦しそうに咳きこむ友人に「ひどい咳だね」と言ったところ「あーちょっと咳が出て
いるね、でも誰でも咳くらいするものでしょ」と返すとすると、友人は自分が咳をしているという気づき
はありますが「咳をしている」ということが問題を提示していることを無視していると言えます。
では、前出の車の例で問題のディスカウントをするとどうなるでしょうか?考えてみてください。
このように徴候を見逃すディスカウントは、問題のディスカウントに発展します。問題が提示された時
点で何かサインはあったのだろうかと振り返ることつまり刺激のディスカウントを探すことは、次回の
対処行動につながります。
我々が「何か問題があるぞ」と思った時にはほぼ「刺激のディスカウント」を通り越して「問題のディスカウント」のところにいると思って間違いないでしょう。そのときまずやらなければならないことは、「問題」を「問題」として知覚できるかです。「今・ここ」で何が起こっているかの現実認識と言えるかもしれません。
③代替案のディスカウント
代替案のディスカウントとは、何かが起っていることとそれが問題を引き起こしていることには気づいていますが、その問題にたいしてなにができるかという可能性を無視してしまいます。問題のディスカウントに気付くと、その問題をなんとかしようとすることでしょう。しかし「どーにもできないね」となると、代替案のディスカウントすることになります。
例…ゲホゲホと苦しそうに咳きこむ友人に「ひどい咳だね」と言ったところ「あーこのところ咳が出てのどが痛いんだよね、だけどよくあることなんで医者に行くほどでもないよ」と返すとすると、友人は自分が咳をして喉が痛いという問題に気づいていますが、その問題にたいしてなにができるかという可能性を無視してしまいます。
では、代替案のディスカウントをしている時、我々はどんな状態でしょうか? ある種の壁にぶつかっていて解決の糸口が見えなかったり、状況のせいにして諦めていたり又自分自身の無力さに打ちひしがれていたり…人間、進むべき方向や出口の光が見えないと不安になりますね。 そんなときは、代替案のディスカウントがおこっているのではと考えてみてください。
ここまで、考えてみると今回のお話ディスカウントのタイプ「刺激」「問題」「代替案」にはタイムラインが存在します。つまり「刺激」「問題」「代替案」の3種類を単にディスカウントの種類と考えるよりも時間軸にそって「刺激」⇒「問題」⇒「代替案」のディスカウントの段階が進んでいくとかんがえたほうがすっきりするかもしれません。
このようにディスカウントの起きる段階を時間軸に乗せて追っていくと「問題の本質」が何かが見えてきませんか?
次回はディスカウントのレベル、様式のお話です。