ストーンズとプリンスとルー・リード。この3組が若い頃の自分にとっての神様のような存在だった。神様みたいだなんて書き方はこの歳になるとさすがにアレだが、要するに「好き」というレベルを遥かに超えた、自分にとっての重要すぎる存在。極端に言うなら、この3組の音楽があればほかの全ての音楽はなくなってもかまわないんじゃないかと、そのぐらいに思えていた時期が確かにあった。
にも関わらず、ルー・リードが2013年に亡くなったとき、僕は悲しみにくれたりはしなかった。もちろんたいへんなショックを受けたけれど、自分でも意外なほど「悲しい」という感情は湧かなかった。ルー・リードは表現者としての人生を全うしたように思えたからだ。
ルーには(少なくともある時期以降は)駄作というものがなかった。僕には出すアルバム全てが傑作に思えていた。しかもラストアルバムがメタリカとコラボしたあの壮絶な『ルル』なのだ。それ以上に凄まじい表現をもっと見せてくれ…という気持ちにはならなかった。誤解を招く言い方もしれないが、あれで十分だった。ルーの音楽表現に何度も揺さぶられたり力をもらったりしたひとりのファンとして、だから最期は素直に「ありがとう」と見送れたのだ。
ストーンズ、プリンス、ルー・リードほど深くは入れこまなかったものの、もちろんデヴィッド・ボウイの音楽表現にもずいぶんインスパイアされたのは当然のこと。だからボウイが今年1月に亡くなったときは激しくショックを受けたが、やはり悲しくてどうにもならないというのとはまたちょっと違う感覚だった。(これもまた誤解を招く言い方かもしれないが)なにしろボウイの表現者としての死に様は完璧だった。死を覚悟・意識した上で遺書として『ブラックスター』というアルバムを作り、それは驚くことにそれまでの自身の表現を超えたものだった。ある意味での最高傑作を残してボウイは死んだのだ。
ルー・リードとデヴィッド・ボウイはずっと凄い表現者であり続け、最期までが凄かった。それは奇跡的なことだろう。
プリンスが死んだ。
昨朝それを知って激しく動揺し、動揺したまま1日が過ぎていった。何も手に着かず、原稿なんてまったく書けず、部屋のなかをグルグル回って、これじゃマズイととりあえずジムに行ってプールでひたすら泳いだ。その帰り、ぼーっとチャリをこいでいたらトラックにひかれそうになって、自分が死んだらしょうがないと喝を入れたものの、帰ったらまたしばらく心が乱れた状態に戻って、なんともまいった。
悲しみは襲ってこなかった。それよりまず動揺がきて、そのあと脱力と妙な苛立ちがきた。悲しいというより、なんかムカついてきたのだ。
だって、プリンスの終わり方がこんなんでいいはずがない。こんな終わり方じゃ誰も納得できない。正直、ふざけんなと言いたい気持ちにもなる。が、誰よりそう思ったのはプリンス当人だっただろうと考えると、それがまたどうにもやりきれない。
結果としてプリンスの遺作は『HITNRUN PHASE TWO』となった。悪くないアルバム、いや、かなりいいアルバムだとは思う。「Baltimore」は本当に素晴らしいメッセージソングだ。とは思うけど。あれが遺作かぁという残念感はやはり拭えない。全然やりきれてない。あまりにも道の途中感が強すぎる。比較してどうこういうものではないとわかっちゃいるが、『ルル』や『ブラックスター』の表現の壮絶さにはまるで及ばない。及ぶものを作れるひとだったのに。ということがなんとも悔しい。
2014年の『アート・オフィシャル・エイジ』と『プレクトラムエレクトラム』、それから(とりあえず『HITNRUN PHASE ONE』のほうは置いといて)『HITNRUN PHASE TWO』。この3作にはそれぞれ異なる形ながらも、いままたプリンスの創作力が充実してきているという実感を持てるところがあったし、もしかしたらこれから全盛期に匹敵する傑作が生まれたりもするんじゃないかという予感めいたものを感じられるところもあった。
しかし振り返れば『ミュージコロジー』のときも『3121』のときも、また創作が充実しだしてきたな、プリンスはここからだなと僕は思ったわけで、そういう意味ではもうここ数年ずっと「プリンスはここからだ」「もう一回黄金期が来るんだ」と思いながら、信じながら、彼の活動を追い続けてた気もする。
果たしてこのまま続けていたら、いつか『パレード』や『サイン・オブ・ザ・タイムズ』に匹敵する傑作がまた生まれることはあっただろうか。また、プリンスにはそういう傑作をもう一度ものにしたいという欲求がそもそもあったのだろうか、なかったのだろうか。もしかすると傑作をものにすることなどもうさして興味がなく、ただ“良質な”音楽を作り続けつつライブさえやれればそれでよかったんじゃないか。いや、だけどここにきて伝記を書いていたというのは、それを仕上げることで新たな扉を開かんとし、もう一度傑作をものにしようと意欲を見せていたところだったんじゃないか。わからない。そのへんが僕にはわからないし、いまとなっては誰にもわからない。
いずれにしても……プリンスがどのようなビジョンを頭に描いていたとしても、ここで全てが終わってしまったことがいまはただただ残念でならないし、腹立たしい。誰より本人が冗談じゃないと思いながら逝ったことだろう。
因みにかつて愛したヴァニティが亡くなり、「彼女は自分の人生を祝福してもらいたがっているはず。彼女の死を嘆くのではなくて…」とライブ中にプリンスが語ったのは、わずか2ヶ月前のこと。「彼女」が「プリンス」に置き換わって誰かにそう言われる日が2ヶ月後にくるなんて……まったく……。
まだまだプリンスの尽きない才能に驚かされたかった。不老不死に思えていたプリンスがここからいなくなる日が来るなんて想像したこともなかった。
プリンスのいない世界となって二日目の午前。一昨日までとは別の世界にいるみたい。心に穴があいてしまって、どうふさげばいいのかわからない。未だに受け入れることができない。まるで音楽が死んでしまったような最悪の気分だ。