年度末の恒例なのか、こういうご時世のための激励特番なのか。このところ、テレビで歌のスペシャル番組が多い。懐かしいものから新しいものまで一気に聴けて嬉しい。歌は心を癒すし思い出とリンクするし口ずさめば発散にもなるし。
そんなのを見ているうちに気付いた。私の中で、一つ聴くともう一つを思い出すというセットになっている歌がある。今のところ自覚したのは二組だけど。
一組は、プリンセスプリンセスの「M」⇔槇原敬之の「もう恋なんてしない」。(敬称略)
「もう恋なんてしない」は、同棲していた彼女と別れてしまったらしく「いつもよりながめがいい 左に少しとまどってるよ」とある。
こういう表現、好き。
いつも隣にいた彼女がいなくなったから、その陰になっていた景色が見えるようになった。「寂しい」とは言っていないのにひしひしとそれが伝わってくる。
シナリオなり小説なり、こういう書き方をしたいなあ、と思う。
「M」でも「あなたのいない右側に 少しは慣れたつもりでいたのに」と、同じような感覚が歌われている。それで私の中で「もう恋なんてしない」とリンクしてしまったみたい。
何でいつも男が右で女が左なんだろう、と、そのたびに思うのだけれど。(車道でその並びで歩くと、男が女を車から守る格好になる、というような話を聞いたことがあるけど、私はしてもらった記憶はありません………………)
もう一組は、竹内まりやの「駅」⇔寺尾聡の「ルビーの指輪」。(同じく敬称略)
どちらも別れてしまった相手を思い出している歌。
「駅」の出だしは「見覚えのあるレインコート 黄昏の駅で胸が震えた」。おそらく私と同世代なら、その続きもそらで歌ってしまうはず。
「ルビーの指輪」は「街でベージュのコートを見かけると 指にルビーのリングを探すのさ」が印象的。これだって歌詞を見ないで歌えちゃう。
でも、あまり意味を考えずに覚えてしまえる年頃だった当時は、ただ音とリズムに言葉を乗っけていただけだった。私の場合、カラオケなどであるとき突然「こんな歌詞だったのか」と気付く歌は多く、この二つもそうだった。
どちらも失恋相手を思い出すきっかけは、見かけた誰かの着ていたコート。ただそれだけで私の中でリンクしてしまっているようだ。
「駅」も「ルビーの指輪」も、まだ元カレ元カノを吹っ切れていない。そしてどちらの歌も、別れてから2年が経っている。
何で2年なんだろう。傷が癒えているか微妙な年月だってことなのか……。恋愛経験が豊かではない私には何とも言えないけれども。
ただ、この2曲も、とても素敵な言葉選び。未練、心残り、切なさ。そんな単語を使わずに思いが伝わってくる。
この二組の歌がそれぞれリンクしたのは、歌詞の内容に似たものを感じたせいもある。でも、物語を書くにあたって、常々思っていることがある。直接的じゃない表現で思いを感じ取らせる書き方をしたい、と。そういうお手本の歌詞だと感じたせいもあるかと思う。
他にもそういったお手本はいくらでもありそう。いい歌、好きな歌の歌詞を改めて見直してみようかな。
(了)