昔、保健所でバイトしていたことがある。ちびっ子達の健診の受付が主な業務だった。
生まれて3か月とか1年6か月等の節目で、身長体重を測ったり歯の検査をしたりと、順調に成長しているかをチェックするための、国が定めた健診である。
走り回り続けママに追いかけさせ続ける子、大泣きを周りに伝染させる子、繰り返し絵本を読み直す子。いろんなタイプのお子さんがいて、見ていて微笑ましかった。
平日にも関わらず付き添いはご両親お二人でとか、パパが連れてくるパターンもあって、時代は変わったなあと思わされる風景。
そんなちびっ子達と保護者の方、時には兄弟姉妹や祖父母までが一堂に会するので、かなり騒々しい。受付のこちらも声を大にしてお名前を呼んだり説明したり案内したりする必要があった。
私の場合、普段から声がこもって通らないので、とにかくまず相手に届くようにしゃべるのに必死だった。なので他の細かい心配りがついうかつになってしまうことが結構あった。中でも今でも申し訳ないと心に引っかかっている失敗がある。
受付のたびに「お子さんに食べ物の好き嫌いはありますか」「お母さんは空いているお席におかけになってお待ちくださいね」とか呼びかけるわけだけど、その方には平然と言ってしまったのだ。
「お父さん、こちらにご記入をお願いします」
するとその方、変な顔をして「あの」と言った。「私、母なんですけど」と。
一瞬意味がわからなかった。ショートカットで、たっぷりしたジャケットにパンツをかっこよく着こなしていた。何かスポーツをされているのか、すらりと細身で足取りも軽快。1ミリも疑わなかった。現代らしい「イクメン」がいる、と。
違う。とってもボーイッシュなママだったのだ。
笑って聞き流してくれたら忘れてしまっていただろうけど、今でも「ごめんなさい、すみません、ごめんなさいっ!」と10000回でも叫びたくなるほど、そのお母さんは傷ついた顔をしていた。
言い訳をさせてもらうなら、その間違いは侮辱や誹りとかではなく、さばさばしたかっこよさがあって好感度が高かったせい。ソフトボールの上野さんとか女子サッカーの澤さんみたいな。私はそういうのに憧れてしまう部分があるのだろう。後に宝塚に走る自分を予言しているかのようである。
でも、そのお母さんにとっては誉め言葉ではなかったのだろう(動揺した私、何とも言い訳もできずにその場を終わってしまったし……)。本当に申し訳ないと今でも思っているのだが、……そのちびっ子ももう中学生か高校生になっている頃。お母さんがかっこいいことに気付いているかもしれない。だとしたら、あの時そう告げられなかった私の代わりに声を大にして伝えて欲しいと願っている。
(了)