ノムさんを偲ぶ(20/2/16) | 石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

石の上にも○○年~物書き志望女のひとりごと

日常で気になったことや、長い物書き志望歴で思ったことをランダムに綴ります。

野村克也さんといえば、私にとってはフルーツサンドの人である。

 

もう10年以上も前になるけれど、何かのバラエティで野村夫婦の1日を追いかけるような番組をやっていた。そのとき妻の沙知代さんが朝食に作っていたのがフルーツサンド。栄養とノムさんの好みを考え、たっぷりスライスしたイチゴやバナナと生クリームをパンに挟み、それをホットサンドメーカーで焼く。

 

これがもう、ものすごく美味しそうでどうしてもどうしても食べたくなってしまい、その日のうちにホットサンドメーカーを購入した私……。

 

が、結局私がフルーツサンドを作ることはなかった。

 

最初にハムチーズサンドにトライしたのだが、この器械、ものすごく細いパンじゃないと入らない。ミミつき8枚切りなんかとても無理。ミミを落としても具材はそうそう詰め込めず、薄いハムとチーズだけでも溶けたチーズがはみ出てしまった。その焦げが器具内にこびりついて洗うのにめちゃくちゃ苦労したため、その後活躍することはなかったのだった……。

 

と、そんな風に家事力のない私、このホットサンドメーカーを使いこなし、更にはノムさんの栄養管理全般に行き届いている沙知代さんを尊敬したわけで

 

ノムさんご本人の話に戻ると、三冠王、プレイングマネージャー、ID野球、ボヤキ、再生工場とキーワードがいくつもある。古田敦也さんや田中将大投手の育ての親としても有名で、それまでの野球の常識を破る数々の素晴らしい実績あふれる方。

 

でもONと同世代だったため、すごい記録やプレイでも、彼らの活躍の陰に隠れてしまった。だから「月見草」と自らを呼んだ。そういう気持ちは大した才能も実績もない私にだってよくわかる。

 

それでも、ノムさんが野球に関してトップオブトップだったことは間違いない。それはファンサービスにおいてもそうだった。

 

ノムさんが楽天の監督をしていたとき、試合帰りのバスに出くわしたことがある。選手達は疲れていたのか、誰も顔を見せてはくれなかった。でもノムさんだけは窓を開け、笑顔で手を振り続けてくれた。

 

そのときの私は相手チームの応援のために球場に出向いていたので、出てきたバスが楽天のものだと分かった途端、一瞬がっかりした。でもその対応に、「ノムさん、どんだけプロなんだ」と心が晴れたっけ。

 

「マー君神の子不思議な子」

ノムさんが田中将大投手をそう評したことがある。でも、ノムさん自身、野球の神様の子供なんじゃないか。そう言ったって、誰も否定しないと思う。

 

今頃は、沙知代さんと天国でフルーツサンドを食べているといいな。

 

心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
(了)
 
 
 

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