私の自慢。
それは何年にも渡って投稿し続けた、シナリオ、小説、その数である。
乱投稿と言ってもいいくらい、もう数えることも諦めてしまったほどの量。郵便料金だって考えるのが怖いほど。それらのタイトルを並べたExcelの表は、ギッシリ行を詰めた2枚目がもうすぐ終わる。
そのほとんどが落選なわけだけど、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、こともある。ごくたま~に、一番ではないものの、当選したことも一応あるのである。
そうなると慣れないことを頼まれる。
「受賞の言葉」というやつを。
とにかく、落ちた量が多すぎるので、賞に残ったという実感が湧かない。夢か妄想かドッキリじゃないかとずっと疑っていた。
というようなことをつらつらと書いた。どのくらいの量を落ちたのか、どれだけの年数を物書くことに費やしたのか。何かの手違いで、「入選は間違いでした」などと再度連絡がくるのかも、と不安におののいたり。そのくらい、信じられないほど嬉しいと。
そして、授賞式というものにも参加させていただいた。とても和やかに、担当の方や選者の方、他の受賞者の方とお話できて、本当に楽しい時間だった。
と、その隙間時間に、こそっと担当の方から言われたのが。
「受賞の言葉、とてもうれしいお気持ちが伝わってきました。けれど、受賞作品はどういう思いを持って書かれたのかも知りたいです」と。
はっ……。
全くもって抜け落ちていた。その肝心な部分が。何てこと。物語ならば主題の部分だろう。こんなアホなものを書いて自分は物書きを目指していると言えようか……。
授賞式から帰ってすぐに書き直し、速攻で送った。その際、直す前の文章を読み返したわけだが、「受賞までの道のり」「どれだけ落ちたか選手権」みたいなとんちんかんな内容。顔から火が出そうだった。
それで思い出したことがある。
小学生の夏休み、読書感想文を書いた時のこと。
何の本かは忘れたが、「その本を読みたくて読みたくて探して探してようやく見つけました。とても面白かったです。おわり」というような内容で出した。先生も何とも評しようがなかったのだろう、ただ丸が一つついていただけだったように思う。
その時から全く成長していない……。投稿した数を数えるより、もう少し目を向けないといけない欠点、一つ見つけました……。
(了)