4月3日 亡くなる前日
訪問看護師のKさんとケアマネさんから紹介されたクリニックのF先生が
2日の19時頃初めて家に来てくださいました。
急な依頼でしたが、受けてくださり本当に助かりました。
その先生は携帯番号を教えてくださり、直接先生に電話もできましたし
携帯のショートメールでのやりとりもしてくださいました。
前の先生は、必ず看護師さんが電話の窓口でそこから先生に報告が行き
先生からの電話はなかったのです。
結果も看護師さんからの折り返しで、
訪問看護師さんからの連絡も同じだったそうです。
そうなると伝言ゲームのようになり、看護師さんがきちんと伝えない限り誤差が
生じてしまいます。
忙しい中、看護師のKさんも朝・昼・晩と3回も家に来て下さいました。
F先生はKさんが、要望してくれた薬を素早く処方してくださる手配をしてくださり、
父の様子をみて、
「今晩はこの薬で楽にすごせるはずです。」
看護師のKさんは
朝の内に、私と母の目をじっとみつめて5秒くらい沈黙のあと
「多分 今日だと思います」
そう言いました。
即弟に連絡。
一旦帰宅して仕事に行った弟がすぐに行くと言って二時間後には来てくれました。
その間、Fクリニックの事務の方が来て契約をしました。
弟到着ごすぐにF先生手配の薬局から薬も届き、一安心。
F先生からも直接電話をいただき、スピーカーモードにして弟と3人で会話しました。
そして、最終段階のお腹に針をいれておいてボタンを押すと自然にモルヒネが体に入るという
:薬を手配してくださいました。
特別な薬局しか、その薬は作れないとのことでしたが
「間に合わなくてもいいので、すぐにその薬が欲しいです」
弟がお願いしてくれました。
結局、薬は亡くなる日の午後3時すぎに間に合い、そのときに来ていた看護師さんが
すぐにお腹に針をさしてセットしてくれました。
弟も、私も
「良かった!!これで、苦しまなくてすむね」
それからは15分あければ、父が苦しいときにボタンを押すだけで、父を楽にしてあげることができるのです。
その薬が効いてきて、とても穏やかになったときに名古屋から娘が到着。16:30
妊婦なのであまりショックを与えたくなかったし、おじいちゃんおばあちゃん子で育っている娘に
ジジの苦しむ姿を見せたくなかった。
「お父さん、あゆみが来たよ!!」大きな声で父に言いました。
「ジジさん、あゆみだよ~」
その時、少しですが目の色が変わったので父にはきっとわかったのだと思います。
ちゃんと名古屋から娘がくるまで耐えてくれたのでしょう。
その後は弟が時間をみては薬のボタンを押して、家族でリビングでいろいろな話をしていました。
意外とリラックスした空間でした。
やはり痛がったり、苦しんだりしていると、こちらも緊迫しますが、父もしずかに呼吸をして
寝ているだけでしたので、こちらも安心できました。
そのころは呼吸も1分に4回程度になっていました。
19時前頃、弟が父の様子を見にベッドのところに行ったとき
「息していない。看護師さんに連絡して」と言いました。
たまたま近くにいた、看護師のOさんが5分くらいで到着。
死亡を確認してくださり、すぐに先生に連絡。
針などを抜いてくださり、先生を待ちました。
19:30頃先生が到着し、死亡確認。
家族全員の前で
「平成30年4月4日 19:30頃 死亡が確認されました」
その瞬間はやはりショックで・・・
涙がぽろぽろでましたが、
苦しみから解放されて、安らかに眠る姿をみると
ここ数日の苦しみを間近でみていた私にとっては
「よかった。これでお父さん楽になれるね」
心からそう思えて、声を上げて泣くほどではなく冷静でした。
沈黙や鳴き声を打ち消すように
主人が大きな声で
「お父さんお疲れ様でした!!」そう言ってくれて嬉しかった。
本当に
「お疲れ様でした」そう私も思いました。
母も静かに泣いていました。
続く・・・・