平成30年4月4日
19:30頃
父は家族全員に見守られてやすらかに永眠しました。
最後の一週間は、とても大変で私は日にちの感覚などが麻痺しています。
日に日に変わる父の薬の管理、看護師さんの手配、主治医への往診の依頼などなど。母の世話と父の看病と音楽教室の仕事をしながらなので、頭をフル回転させて動きました。
日に日に辛さのため、夜中のコールも多くなり、最後は1時間ごとに起きていました。父がボタンを押すことができなくなっていましたから、となりのベッドで寝ている母がコールしていました。
私も、目が覚めたタイミングで階下に降りて父の様子を見に行ったりしていました。
最後はリビングに布団を敷いて、付き添いました。(もっと早くそうすればよかったです)
私が限界になったとき、弟が自ら会社を2日休んで泊まり込んでくれて本当に嬉しかったし、助かりました。
父に関しては訪問看護師さんがかなりしっかり支えて下さいました。
中でもKさんは最強でした。
なんと、父がなくなる前日に担当医を変更の提案をケアマネさんを通してですが、して下さり驚きました。
理由は父に処方する薬が甘く、結果本人も家族も辛い思いをしているとのこと。
私が、父の容態が悪くなって来て
「週末が心配だから金曜日にもう一度来てください。土日に苦しんだ時の為に薬が欲しい」お願いしたときに出してくれたお薬が全然効かなくて、父は苦しがり私は眠れなくて、朝まで我慢して朝6時になってからコールしました。
その対応にベテランの看護師さんが疑問を感じて、今出す薬はこれではないですよね。なぜ、◯◯を出さないのですか?!と強く主治医に連絡をとってくださり、アブストラルと言う、舌下錠が処方されました。あと、フェントステープと言って胸に貼るだけの麻薬の薬も出ました。
それさえあれば、かなり辛くなってもしのげるはずと教えて下さいました。
その電話連絡で、T先生がやっと処方箋をだしてくれるという前提で、薬局が動いてくれて午前中になんとかテープをもってきて
くださいました。
弟が、「早く薬ちょうだい」と薬がくるなり、即、父の胸にテープを貼りました。
その後ケアマネージャーから連絡があり、Kさんが見る限り主治医を交代させた方が良いのではと提案がありました。弟も、薬の処方に関しての甘さがあることに不満をもっていたので即
「変えて下さい。手配お願いします」
と決断していました。
その前の晩は弟も父が一晩苦しむ姿を見ていましたので、怒っていました。
薬に関しては、主治医の処方箋が出ないと薬局さんが動かないので、手に入らないのです。まして土日は休みだからその前に手に入れておかないと大変なのです。
リスパダールという、液体の水薬とアブストラルという舌下錠と、フェントステープ(強い鎮痛麻薬の薬)を基本に乗り越え、最終的にはお腹の脂肪に注射針を入れて、モルヒネを入れるところまでやりましたので、苦しまないで逝くことができました。
弟が、3日目は仕事があるので帰ってしまい、一人で父を一晩診たのですが、とても不安でした。
とにかく朝まではなんとか私の責任で、死なせるわけには行かないと思い必死に看病しました。
20:15 アブストラル舌下錠
20:40リスパダール2包 水薬
21:15アンベック 座薬 (最後は口の中が乾燥して、舌下錠がなかなかとけなくなってきてから使用)
本人を動かすのがかなり辛そうで、可哀想でしたが長男に手伝ってもらい、なんとか入れらました。これはすぐに効きました。
1:15 リスパダール 2包
合間合間で、声を上げて病気と戦ってるので手を握ったり、話しかけたりしました。
症状で、なにかを払いのけるようなしぐさがでるというのがあるようですが、まさしく
両手で払いのけるしぐさが激しくて、ベッドの柵に手をぶつけてしまうので、長男と私で手を
握っていてあげたり、弟が柵にタオルを巻いてくれたりしました。
病気と闘っているんだなと思いました。
6:15 アブストラル 1錠
フェントステープは貼ったままです。
なんとか朝を迎えることができてホッとしました。
朝8時頃には看護師さんが来てくださいました。
続く