最期の時~その3~ | 美浜区稲毛海岸「脳トレピアノ®」ピアノ&エレクトーン教室

美浜区稲毛海岸「脳トレピアノ®」ピアノ&エレクトーン教室

ピアノゆうゆう塾の「脳トレピアノ®」エグゼクティブ認定講師 千葉中央支部長となり、認定講師養成講座も開講しています。2021年に稲毛海岸に教室を移転し1年が経ちました。この春からは「脳トレピアノキッズ®」のグループレッスンを新たに開講予定です。

昨日5月4日は父が亡くなりちょうど1か月

両親のいないゴールデンウィークを過ごしています。

(母はリハビリを名目とした入院をしています)

 

4月9日月曜日

父の葬儀

 

弟の車と私の車の2台で乗り切れる人数。

娘夫婦も名古屋からそろって来てくれました。

私の家族に、弟夫婦、親族代表は母方の叔母(88歳)のみ。

総勢9名の身内のみのお葬式です。

 

前日の夜は、棺に何を入れてあげようかと、あれこれ母や弟と相談。

本好きな、父の読みかけであろう文庫本2冊

毎朝必ず目を通す新聞。

バレンタインに母がプレゼントしたチョコレート

1月19日の誕生日を最後に飲めなくなってしまった、大好きな焼酎吉四六を。

さすがに瓶は入れられないので紙コップも用意しました。

よく身に着けていたお気に入りのセーターとコートと帽子。

むくんでしまい、履くものがなくなってしまい購入した介護用のシューズ

 

大きな紙袋にまとめて用意しました。

 

朝早く最寄りの駅で叔母を拾い、幕張から稲毛の海沿いの道を走り稲毛の博全社へ。

朝の海は綺麗だった。海好きで幕張に家を建てた父にピッタリな朝となりました。

お葬式などは父が葬儀の相談ができるイ〇ンのカードに会員登録をしていたこともあり、

そちらに手配をお願いしました。

自宅から20分ほどで葬儀会場に到着。

とても立派な式場でした。車椅子のトイレも良くできていて母も安心。

 

9人なのに、60席ほどあるとても広い部屋でしたが家族だけだし気も遣わずリラックスしていました。

住職はお墓のあるお寺から来ていただきましたので、叔母も母も良く知っている方でした。

一番最初に、叔母・弟・私で住職の控室にご挨拶。

その場で、弟が

「私は子供がいないので、両親と同居している姉もゆくゆくは同じ墓に入れてください。」

と交渉してくれました。

「姉夫婦には子供がいるので、お墓を護って行けます。」

私の祖父母、叔父も同じお墓の敷地に眠っていますので、叔母はとてもよくこのご住職を知っていて

叔母からも、お願いしてもらうことができました。

「そういうことなら問題はありません。」と言っていただくことができ、一安心。

 

以前母が聞いたときは、ダメだと言われていたようですが、お墓事情も変わってきたのでしょう。

結構この交渉は大切なミッションだったのです。

どうやら弟が高齢の叔母に列席してもらったのは、この為だったようです。

苗字が違うのでお墓の石は一文字だけの石にしてくれるそうです。

 

そうこうしているうちに父と対面。

自宅で3日間ゆっくりお別れをしましたので、もう、誰も泣かなかった。

とても安らかな顔をしていました。

家族だけのお焼香なので、お経の長さも短く母の体の負担を考えると本当に小規模な

お葬式で良かった。

初七日の法要も併せてお願いしましたので2回のお焼香がありましたが、9名なので

こちらもあっという間に終わりました。

祭壇の父の遺影がとっても良い顔で、嬉しかった。

母と旅行に行ったときの写真を拡大したものですが自然な笑顔でとても素敵な写真です。

最期に、棺いっぱいにいろいろな白い花を父の周りにたくさん埋め尽くしました。

花好きな父に、贅沢なくらいたくさんのお花を入れてあげられて嬉しかったし、

車椅子の母にも入れられる高さに下げてくれたので母も父の顔回りにお花を供えられました。

 

その後霊柩車の後に続き千葉市の火葬場へ移動。

こちらもとても新しく立派な火葬場で驚きました。

やはり車椅子の母にもストレスのない、素晴らしい会場でした。

最期のお別れをして、父の骨を拾い骨壺に収めて火葬が終わったのが

午前11:45頃

その後高速道路で、地元に移動して皆で食事会をしました。

 

朝早くて、ちょっと大変でしたが午前中にすべてが終わり、午後はゆっくり

できたので良かったです。

 

帰宅後、もらってきた祭壇を主人と長男で作ってもらい

骨壺をのせて、遺影を飾り、果物、お花、お菓子なども飾りました。

全てセットで博全社が用意してくださり、火葬場で受けとって持ち帰りました。

いろいろな手配や段取りも良く、イ〇ンにお願いしてとても良かったです。