大人に囲まれて育った。
実家で生活していた子供時代。
外面良し子の代表のようだった。
どんな気難しい大人とでも、難なくお相手できる。
さらっと嘘をつく。
…相手は気づいていたのか?今となっては確かめようがない。
親も呆れるほど、物怖じせず突き進む。
お世辞が上手。
つらっと嘘をつくので、自分でも本当か嘘かわからなくなっていた。
理由はわからない。
でも、ずっと面倒くさい大人の間で生きていく術だったのだと思う。
小さな時からいかに叱られないか、だけに特化していたようだ。
それくらい口うるさい人に囲まれていたのだ。
そんな私。
今は上手に嘘をつけなくなっている。
嘘のつき方がわからないのだ。
親元を離れたのが18歳。
それまでとにかくひどい潔癖だった私。
潔癖だけでは生きていけないことを知った。
クソ生意気で一番が好きだった。
その為の努力は惜しまなかったつもりだ。
ところが、あまり良い評価を得ることができずに苦しんだ。
人と比較される辛さ。
ゲームではないのに、負けた…と落ち込む日々だった。
いろんな努力をした。
学力。
どんなに頑張っても、頭のキレ方が違う輩には勝てない。
努力に努力を重ねてる人は、余裕や遊びがない。
仕事を要領よくこなす。
これも上手くいかなかった。
誰にどんな評価を受けるかばかり考えていたのだ。
上手くいくものまでゴテゴテとなった。
本当に悩みに悩んだ。
何年苦しんだだろうか。
上ばかりを眺めて、心はボロボロだったと思う。
そして、思った。
私にできることは何なのか。
人懐こいところかな。
フットワークが軽いところも。
あまりたくさんの良いところは見つからない。
でも、その良いところだけを一生懸命のばしてみよう。
上手く要領よくはできないけど、忘れずにやる。
必ずやる。
得意、不得意を作らない。
むしろ、不得意なものを得意なものになるようにぶつかっていく。
そうすると、周囲の人の信用を得ることにつながっていったのだ。
これは本当に心強い味方になっていったんだと思う。
そこが本当の自分のスタート地点になった。
気がつくと嘘がつけなくなっていた。
「ごめんなさい」
不得意だった謝る事が出来るようになっていた。
嘘をつく必要がなくなったのだ。
だから、自分の不得意なタイプの人と接すると、私はあまりあなたのことが好きではない…と伝わってしまう。
上手く取り繕えなくなっている。
結果的にどうなんだろうか。
年々ばか正直になっているように思う。
その為にできてしまった敵も。
なんで上手くこなしていけないのか、昔の自分なら…と思う。
でも、戻れない。
そんな人になってしまったのだ。
「あなたは正直に言い過ぎるのよね」
この言葉、何度言われただろうか。
人との上手な距離をはかる。
感情のコントロール。
これからの私の課題だ。
いくつになっても完璧な人なんていない。
人生は勉強の連続なんだな。