天国から来た大投手 十二、ワンダーボーイ 217 | 六月の虫のブログ

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森次郎は、ヤンキース戦の間ベンチで相手打者を観察した。スカウティング・レポートによると、ヤンキースのバッターで、打てないコースと球種が一番少ないのはA.ロッドだ。森次郎もそう思った。浩輔は、ジアンビーの選球眼の良さに感心していた。今シーズンのジアンビーは、前半戦、調子が悪く打率は良くないが、出塁率は四割以上と驚異的だ。松井は、外角低めに落としておけば、セカンドゴロか空振りだ。ジーターは、内角の早いボールは苦手っぽい。シェフィールドは、失投を逃さない。彼のスイングスピードはボンズ並だ。森次郎は、翌日の自分のピッチングを想像しながら、試合を見ていた。井口も森次郎の真剣な眼差しに、声を掛けるのを躊躇した。試合は、エース同士の投げ合いで、三対一でヤンキースが勝利した。ヤンキースも首位争いをしていて、ボストン・レッドソックスが負けないから、まだ二位に甘んじていた。

試合が終わると、森次郎はスタンドで観戦していたジュディと合流してホテルに戻った。日本のプロ野球なら試合後、六本木に繰り出す選手が多い。ライオンズ時代、浩輔はチームメイト達の誘いもほとんど断わり、節制してトレーニングに明け暮れた。浩輔は、プロ野球選手をしている間、野球をすべての中心に置いていた。自分のベストのパフォーマンスをするのに六本木がプラスになるとは思えなかった。浩輔は自分の素質のなさを努力で補っていた。浩輔は、自分が登板する日が一番楽しく、心身ともに楽だと思っていた。それ以外の日は、登板する日のための準備期間だと位置付け、激しいトレーニングに励んでいたからだ。裕香もそのことを理解してくれていた。浩輔の人生で、プロ野球選手として活躍できる期間は、長くて十五年くらいだ。サラリーマンなら四十年以上ある。つまり、サラリーマンが四十年で稼ぐのをプロ野球選手は十五年でしなければならない。節制できない選手は、二、三年で首になる。

浩輔は試合で投げている時以上に、幸せを感じる時はない。そう思えば、その幸せの時間のために節制して努力することは苦にならない。浩輔は、最初、二、三年で止めていく選手を自業自得と切り捨てていた。しかし、節制しなくても通用する選手がいる日本プロ野球のレベルの低さに呆れ、止めて行く選手に対して良き先輩や指導者に出会えず可哀想とも思えるようになった。

森次郎も浩輔やネイサンと接することで、「今」の大切さを知っている。ジュディも、「今」を大切にしている。森次郎が彼女に惹かれたのもそのせいかもしれない。今しか出来ないことにベストを尽くす。それが将来の幸せにつながっていくのだ。二人はそう信じていた。




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