十六歳のアメリカ ハイスクールの一日 一二、化学から宗教へ 30 | 六月の虫のブログ

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一二、化学から宗教へ (From Chemistry to Religion) 

 週に二回、三時限目と四時限目の二時限を使う化学の授業がある。シスター・ドウセット (Sister Doucette) が教えるこの授業は、英語に慣れようと必死だったボクには非常に辛かった。この頃のボクの授業に対する集中力は自分でも驚くほど凄かった。ただ、この集中力も二時間が限界だった。最初のフランス語とアメリカ史の授業で集中して先生方の話す英語に耳を傾け理解しようとするのにエネルギーを使い果たし、三時限目には頭の疲労がピークに達していた。授業の最初の一時間ちょっとを切り抜けると、後は実験で楽なはずなのにこの一時間ちょっとがボクには耐えられなかった。授業が始まって十分もすると睡魔がボクを襲った。非常に事務的に、無表情で淡々と講義するシスター・ドウセットの声は子守歌に聞こえた。同じ実験グループで、隣に座っているチア・リーダーのシンディー・レイ (Cindy Ray) も目の前にいるチャックもボクの昼寝を邪魔しない。ボクは、実験が始まるまで寝続けることが多かった。それまで寝ていたボクは、実験になっても何をして良いのか判らず、ただチャックやシンディーがやるのを見守るだけだった。これではいけないと、必至で目を開けておこうと努力しても、まぶたはボクの意思とは逆に目をふさごうとした。この時初めて、脳も体と同じ様に疲れ、疲れると休みたくなるのだということが判った。

 学校が始まって一ケ月くらいが経った頃だったと思う。マムがボクに化学の授業は退屈で面白くないだろうから、他の教科に替えることを勧めてきた。シスター・ドウセットがマムに助言したらしい。ボクとしては、ちょうど英語に慣れてきてボクの脳の疲労も軽減されてきつつある頃で、化学の授業も最後まで起きていられるようになろうとしていた。だから、化学を取り続けても大丈夫と言うつもりだった。しかし、化学の替わりに取ることを勧められたのが、美術と同じシスター・ドウセットが教える宗教の二教科で、両方とも化学よりも面白そうだったのでマムの助言に従った。シスター・ドウセットはボクを教えることを希望してくれていたらしい。このスケジュールの変更で、ボクとチャックの共通の授業は、数学とアメリカ史だけになり、ランチの時間もずれてしまった。

 ボクの母親は洗礼を受けたカトリック信者でもあり、キリスト教には興味があった。また、多くの人からボクの信じている宗教は何かと尋ねられるのだが、ボクはその都度カトリックだと答えていた。ボクは無宗教主義者だったが、当初それを英語で説明する自信がなかったし、仏教徒だと言うよりカトリック教徒だと言った方がかっこいいと思っていた。

 興味を持ったのは宗教自体よりもその宗教が教える道徳や物の考え方のほうだった。宗教の授業は、聖書を読み、その教えを理解することが目的だ。英語で聖書を読むのは難しいが、幸いにも日本語の聖書も持って来ていたので助かった。日本語の聖書を読んで内容を理解してから、英語の聖書を読むようにした。この日本語の聖書は、日本で仲良くしていた女の子から今回渡米する前にプレゼントして貰ったものだった。お陰で、授業にもついて行けたし、まずまずの成績を上げることができた。

 また、シスター・ドウセットは、天気がいいと校庭の芝の上で授業をしてくれた。これがなんとも気持ちよく、いい気分転換になった。

 この授業や教会の行事に出席したり、日曜日に教会に行ったりすることによって、ある程度キリスト教の考え方を理解できたと思う。アメリカの人や文化を理解する上で非常に役立ったと思う。


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シスター・ドウセット。宗教の授業は心が癒される時間だった。