十六歳のアメリカ Vol.158 | 六月の虫のブログ

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ベースボール


三二、勝負はこれから (つづき)


 トーナメント前のKVCの公式戦、マンティノ高校戦も勢いに乗る我がチームは、六対二で圧勝した。この試合でブライアン・ジョンソンが勝利を上げ、彼の勝ち星が五つとなり、マーサリに並んだ。


 州のトーナメント入りをかけたマリスト高校とのゲームにも、マーサリが先発した。彼は疲れていたのか、いつものピッチングが出来ず、一対十で大敗を喫してしまった。マリスト高校のピッチャーは、イリノイ州の高校生の中で球が一番速いと評判の選手で、彼もシカゴ・カブス(大リーグ)からスカウトされているらしい。フットボール・プレーヤー・タイプのブラッドリー高校のドローベックよりもきゃしゃな体格だが、ボールはドローベックより速かった。


 残りの試合は、二試合。最終戦は、若いジュニア・ヴァーシティーのメンバーで戦うことになっていたので、実質的にはKVCの最終公式戦のセント・アン高校戦が最後となる。この試合には私が先発することになっていた。セント・アン高校の生徒のほとんどが黒人で、彼らのベースボール・チームのプレーヤーは全員が黒人だった。この頃になると、チームメイトたちは完全に我がチームの方が実力は上だと信じていて、セント・アン高校に負けるとは思っていなかった。これが主力プレーヤー最後の試合ということで、出来るだけ多くのピッチャーに投げる機会を与えるために約束事を設けた。点を取られたらピッチャー交替というふうに、ミスターに前もって約束させられていた。勝利投手の権利が欲しいため、私は何としてでも四回まで無失点で抑えたかった。ブリーチャーズを見ると、私のラッキー・ガール、パム・ジェームズがアウェイ・ゲームにもかかわらず観戦に来ていた。


 つづく・・・



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 現在のセント・アン高校。今、日本では黒人というのは禁止なのかな?アメリカではアフリカ系アメリカ人というらしいのですが。呼び方も、ニグロ→カラード→ブラック→アフリカン・アメリカンと変遷しています。区別するから、そういう呼び方が必要なんでしょうけど、もうそろそろ単なるアメリカンでいいんじゃないかなと思います。でも、少数派、マイノリティを優遇する政策があるから難しいのかなあ?



注意: 『十六歳のアメリカ』は、私の体験を基に書いていますが、フィクションです。