先日作曲家の渡辺さんと会食をしていて
面白い話が色々聞けたのだけど
中でも
作曲家になる前、着メロ系のサイトで働いていた時に
4000曲くらい自分で手掛けたと話されていたのが印象的だった。
着うただから耳コピして構造分析して
着うたにおこす作業だと思うのだが
クリエイティブってそうした地道な作業が下支えになるんだろう。
僕が歌を本格的に始めたのは20歳を超えてからなので
かなり遅いスタートになる。
ゴスペルやソウル、R&Bを歌いたいと思っていたが
右も左も分からなかったのでとにかく100曲コピーしようと
決めた。
最初は英語も全然チンプンカンプンだったので
歌詞カードにカタカナで自分の聴こえた音を書き込んでいった。
それでも間違っている気がしたので
本屋さんで英語の発音の本を買って発音記号を覚えた。
ソウル、R&Bにはフェイクというギターでいう早弾きのような
テクニックがあるのだが、早いフレーズを繰り返し聴いて
一音づつ譜面におこして覚えていった。
そうして100曲終わった頃には別人になっていた。
ような気がする。
20歳の時に歌を目指した時にボイストレーニングに通うのだが
その師匠にもちょうど100曲終わった頃
「お前何があった?声もテクニックも以前とは別人みたいじゃないか。」
なんて云われたこともあった。
数は質に転化する。
スティービー・ワンダーはアルバム「心の歌」を作った時に
40曲のデモを用意し、
それがアルバム「インナーヴィジョンズ」の頃には
デモ曲が1000曲にも及んだという。
ビジネスの世界では「センミツ」という言葉があるそうだ。
1000個のアイデアを試して成功するのは3つくらいだという意味だそうだ。
インナーヴィジョンズで名曲とされ繰り返しカバーされているのが
「ハイアー・グラウンド」
「汚れた街」
「くよくよするな」
だと考えると「センミツ」もあながち間違いではないのかもしれない。
スティービー・ワンダーは一般的に「天才」と称されているが
僕がインタビューや伝記を読む限り
間違いなく努力の人だ。
はっきりと本人の口からこう言っている。
「物事が自然によくなることはなくて、何かもっと良くしたかったら、とことん追求しなきゃならないってことさ」
1000とか100って数は始めないうちはギョッとするし
億してしまうが、ちょっとづつでもやれば近づけるものだ。
僕もカバーの100曲途中なので再開しなきゃな。
職業柄か音楽を聴く時に年をおうごとに
我を忘れて楽しむという音楽ファン目線がなくなってくる。
どうしても分析的に聴くし
何か自分に活かせるモノはないか
この表現はどうなっているのだろう
と考えてしまう。
という良くいえば研究熱心
悪くいうと純粋さを失ってしまう。
そんな時に純粋さを取り戻させてくれるのは
他分野の凄い人たちだ。
昨日も吉岡徳仁のイスを特集した本をずっと読んでいた。
吉岡徳仁は世界のデザイン賞を総ナメにしている
正に日本が誇るトップクリエイター。
ハニカム構造というちょうど蜂の巣のような六角形の集合体の素材で作られた
イスが有名だ。
ただ自分はイスデザイナーではないので細かい技術や
本当の意味でどう凄いのかは分かっていないのかもしれない。
でも、「ウワッ面白い!」とか「涙が出るほど美しい」と
感じる自分の素直な感情は正直に受け入れることにしている。
細かいことは分からないがカラダで五感で心で「何かいいな」
と感じる感覚。
その感覚がちょっと忘れかけている自分のファン目線
純粋に楽しむことを思い出させてくれる。
昔、先輩に
「受け手は"何かイイね"と言い続ける。
作り手は"なぜいいか"を考え続ける。」
というようなことを言われたのだけど
その受け手、作り手、双方二つの感覚は同時に持っていていいし
持っているべき必要な感覚なのだと思う。
我を忘れて楽しむという音楽ファン目線がなくなってくる。
どうしても分析的に聴くし
何か自分に活かせるモノはないか
この表現はどうなっているのだろう
と考えてしまう。
という良くいえば研究熱心
悪くいうと純粋さを失ってしまう。
そんな時に純粋さを取り戻させてくれるのは
他分野の凄い人たちだ。
昨日も吉岡徳仁のイスを特集した本をずっと読んでいた。
吉岡徳仁は世界のデザイン賞を総ナメにしている
正に日本が誇るトップクリエイター。
ハニカム構造というちょうど蜂の巣のような六角形の集合体の素材で作られた
イスが有名だ。
ただ自分はイスデザイナーではないので細かい技術や
本当の意味でどう凄いのかは分かっていないのかもしれない。
でも、「ウワッ面白い!」とか「涙が出るほど美しい」と
感じる自分の素直な感情は正直に受け入れることにしている。
細かいことは分からないがカラダで五感で心で「何かいいな」
と感じる感覚。
その感覚がちょっと忘れかけている自分のファン目線
純粋に楽しむことを思い出させてくれる。
昔、先輩に
「受け手は"何かイイね"と言い続ける。
作り手は"なぜいいか"を考え続ける。」
というようなことを言われたのだけど
その受け手、作り手、双方二つの感覚は同時に持っていていいし
持っているべき必要な感覚なのだと思う。
今日は久々に休みなので本を読む。
ほとんど毎日本は読むので休日は
その中でも好きな本になる。
でも休日なのでなるべく頭は使いたくない
と考えると
写真集とかその類になる。
写真集というと女の子の水着のグラビアをイメージすると思うが
僕の場合はちょっと違って
そういう時にいつも眺めるのがイスの写真集や
イスが特集されたムック本。
イス。
正直何時間でも観ていられるし
時にはニヤニヤしながら
時にはゥオースゲー!と叫びながら
ずっと過ごす。
グラビアの例を出したので断っておくがイスに
性的に興奮するとか変なフェティシズムはない。
はずだ。
まあ好き好きは人それぞれだから色々あっていいじゃないですか。
こうゆうものって意外と人生を豊かにしてくれる。
そう思ってます。
ほとんど毎日本は読むので休日は
その中でも好きな本になる。
でも休日なのでなるべく頭は使いたくない
と考えると
写真集とかその類になる。
写真集というと女の子の水着のグラビアをイメージすると思うが
僕の場合はちょっと違って
そういう時にいつも眺めるのがイスの写真集や
イスが特集されたムック本。
イス。
正直何時間でも観ていられるし
時にはニヤニヤしながら
時にはゥオースゲー!と叫びながら
ずっと過ごす。
グラビアの例を出したので断っておくがイスに
性的に興奮するとか変なフェティシズムはない。
はずだ。
まあ好き好きは人それぞれだから色々あっていいじゃないですか。
こうゆうものって意外と人生を豊かにしてくれる。
そう思ってます。