2016年5月15日(日)④




縁日で賑わう「日吉山王宮」の


右脇奥へと進んだ所が「八橋 無量寿寺」

かきつばた絵図や聖護院八橋でお馴染みの八橋

「八橋奮跡」の碑があり

またしても「芭蕉句碑」

先ずは日吉様にご挨拶してから


その奥の

「無量寿寺」へ説明を聞きながら

ゆっくり進み

願い事がかなうすすきを目の前に


願い事が浮かばないおばけ。チーン

まぁすべての参拝者が願いをかけていたらすすきも残念な姿になってしまうに違いないのでププッ・・・

ここは見送り現代技術で甦った「八橋」egao

その周りにはあやめ?八橋なのできっと「カキツバタ」ですよね…

じぃ~見つめても違いは分かりませんが


和歌にも「かきつばた」で読まれているので

周りは『あやめ』と言ってはいても

きっと目の前のこの花は「かきつばた」に違いないと信じ



我が子を二人いっぺんに無くした母親が

その息子達を弔いこのお寺で尼となった切ないお話しもあったり…

世の中は美しく楽しい事ばかりではないと思ったりもして…
2016年5月15日(日)③




雲を得て天に昇る龍が如くに見立て「雲龍の松」と呼ばれる

その見事な枝っぷりに見とれながら「永安寺」を後にして

お次に現れたのはビックリするくらい真っ直ぐな道

この自転車道の下は今でも川が流れている? 暗渠になっているらしく

元は矢作川から引かれた用水路

「明治用水」と呼ばれるその水路がどれだけこの土地を人々を潤した事でしょう

それを物語るのがこの「明治川神社」

ここもまた用水路だったのか?用水路に沿った土地だったのか?

細長いその境内の奥にはこの礎を築いた明治用水の父

都築弥厚や伊予田与八郎の霊がまつられているそうです

そして「東海道」はまたまたなんだかホッとする松並木(*'∀`*)v

を通り抜け汗ずっとずっと行った先

「御鍬神社」を過ぎて


無量寿寺への「元禄の道標」を右に折れ

あやめが見頃と噂のそのお寺へルン

向かう途中

参道とクロスする「鎌倉街道」へと左折して

もくもくと進む…

そこで待っててくれたのは(*'∀`*)vハート

美味しいお寿司ハートたまり醤油で頂きます電柱と猫



笑顔で歩き始めた午後

鎌倉街道を戻り「無量寿寺」へ向かう途中きゃはっ

子供神輿に遭遇くろねこしかも女の子

『わっしょい!わっしょい!』と御神輿を見送ってから

再び無量寿寺を目指しますルン

2016年5月15日(日)②




そして「東海道」からほんの少し高くなったところに建つお寺は


和志王山「薬王寺」

こちらも奈良時代に行基様によって創建されたそうですが

御由緒書きによるとこのお寺

古墳時代中期の前方後円墳の後円の上に建っているそうなっ・・・なんと!

ご本尊「薬師瑠璃光如来」は17年に1度御開帳の秘仏とか…

いつかご縁があるでしょうか?らぶ2




そして「東海道」は松並木道へルン


道路整備で片側は一旦切られ植え替えられた

まだ心もとない松達ですが

歩いていて何故かワクワク楽しい気分になりますきゃはっ


やっぱり大好ききらきらハート




そんな松並木や麦秋の中を進んで行くと

右手「熊野神社」の左脇に

「鎌倉街道跡」…踏分の森へと続いています

「鎌倉街道」は鎌倉から京都の間に出来たそうなのですが…くろねこはてな5!


あれ?横浜の鎌倉街道は…?京都には向かっていないような…

制定された時期が違うのかなぁ?




そしてその鎌倉街道の追分口「目印の松」のそばに「尾崎の一里塚跡」があり

熊野神社は盛りだくさんegaoではありますが

ゴメンナサイ苦笑いここ「東海道」から遥拝です

そして「永安寺の雲龍の松」推定樹齢300年のクロマツ

大き過ぎてどの角度で捉えたらよいものかなっ・・・なんと!敷地内をみんな右往左往して写真を撮っているこの土地は
庄屋さんの屋敷だったそうで

何とも複雑で説明しがたいのですが…

その庄屋の「柴田助太夫」が村のために直訴して死罪になったものの

後に罪が許されたので

彼を忍びここに草庵を建て

後にお寺が建立されたそうです…


昔は罪人のお墓を造るどころか弔う事さえ許されなかったんですものねぇおばけ。


切ない時代でもある…



2016年11月5日(土)




秋晴れの「丹沢湖・玄倉(くろくら)」から歩き始め

玄倉川沿いに奥へと登って行きますルン

…が「石崩隧道」のネーミングにちょっとビビりながらも

山旅仲間との楽しい会話と

写真撮影に夢中で

トンネルの数を数え忘れ慌てて読図してみたり


地図に無い道に騙されたりしながらも

早めに目的?の「ユーシンロッジ」に着いたので

ゆっくりお昼ごはんとコーヒータイムハート


帰りは夏とは違う秋の真昼の柔らかい光りの中を

来た道を下って行きますルン

まだ始まったばかりでとても優しい紅葉が

ユーシンブルーな川面に映りまるで「継色紙」のような(*'∀`*)v

道長取りの帯の様なきらきらハート息を飲む美しさですが

それもこれもお昼休みを小一時間も取ったお陰えへ

ダムを塞き止めたのか川の水位が増し

行きよりもユーシンブルーが濃く水面が広がったお陰きゃはっ

1度は見てみたいと思っていた「ユーシンブルー」

初訪問でお天気にも恵まれ絶好の条件で出逢う事が出来

笑顔いっぱいで無事「丹沢湖」に到着HAPPY






次はどの山に?夢は無限に広がりますegao

2016年5月15日(日)①




そして昨日のお昼ごはんカクキューから歩き始め

日曜の朝8時はまだ爽やかな風と静かな街

例の「八丁蔵通り」は

まるやとカクキューを左右に別ち

『こっちも気になる』と

まるやを覗き込み

その先を右に折れてカクキュー裏手を進み

直進も出来るようではありますが

道標に従って左に折れまたすぐに右に折れると

「矢作川」

川に沿ってまた左に折れ

橋を渡ると向こう岸に「出合之像」

蜂須賀小六と秀吉がこの橋の上で出会ったと言われているそうですが

当時ここに橋はなかったそうで…egaoそれはお芝居を面白くするエピソードの一つなのかもですねぇ


そしてその橋の袂のある「誓願寺十王堂」

愛しい娘「浄瑠璃姫」が源義経を慕うあまり川に身を投げ自害してしまう

その亡骸をこの寺に埋葬し

わが子が決して地獄になど行かないようにとの願いを込めて

もとあった「十王堂」を再建したと言うお話し…切ないですねぇ泣き3

そしてこちらはおばけ。チーン相変わらず難しく読めない神社はこの地方にも及んでいるのか…

教わったけどやっぱり忘れたのでググりました汗 竊樹神社「ひそこじんじゃ」と読むそうです

ひそこ「竊」は …密やか…盗むなどの意味があるそうですが

御祭神の加茂別雷大神(かもわけいかずちのおおかみ)は雷神ではないそうですが

なんの神様でなんで「竊樹神社」と呼ぶようになったのでしょう?