酔いどれ介護録 爺婆糞戦記 -4ページ目

酔いどれ交遊録(6)番外編

 江戸時代の狂歌詠みに、「酒上不埒」というふざけた名前の人がいる。


 狂歌詠みのペンネームには、朱羅菅江(あけらかんこう)」だの、「紫ちちぶ」だの、「智恵内子(ちえのないし)」だの、「宿屋飯盛(やどやのめしもり)」だの、「元杢網(もとのもくあみ)」だの、妙なものが多い。


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 この酒上不埒、れっきとした武士である。駿河小島(おじまと読む)藩という、今の静岡市清水区の小島あたりを領したたった一万石の小さな藩の、江戸詰用人だった。


 武士といえば刀槍を帯びた軍人のはずだが、江戸時代の中ごろともなれば、刀の使い方もわからぬ、ただの役人といった輩が多数を占めていたという。


 特に江戸に在住する武士は、軟弱を絵に描いたようで、酒上不埒もそのうちの一人であったのだろう。
 ただ、軟弱といっても、ただの軟弱ではない。軟弱なよなよ文化人はすなわち、当時の流行の先端を行っていたのだ。


 彼の戯作者としてのペンネームが恋川春町。この名前なら、どこかできいたことあるなあ、とお思いの方もあるだろう。
 恋川春町は、黄表紙という新しい物語本の創始者である。



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 黄表紙とはなんぞやと問われれば、表紙が黄色い本と答えるしかないのだが、それまでの赤本とか黒本とか青本とか(これらも表紙がそれぞれの色)と区別して、そう言われるようになったらしい。


 赤や黒や青と比べて、もっと大人向けの、絵入り物語が黄表紙だった。少年少女漫画と青年コミックの違い、と言ったほうがわかりやすいだろうか。


 酒上不埒こと恋川春町の大ヒットした黄表紙が「金々先生栄花夢」という作品。夢で大金持ちになって、吉原や深川を豪遊したあげく、だまされてすってんてんになるところで目を覚ます、という話。


 どこが面白いんだそんな話と思うが、当時としては言葉遊びがふんだんにあり、絵のなかに謎が隠されていたりして、そういう遊びが楽しかったようだ。


 この人、役人のくせに今で言う流行作家になってしまったもんだから、寛政の改革の松平定信に睨まれ、「鸚鵡返文武二道」という黄表紙が、幕府批判したものと疑われて、幕府から呼び出しを受けたにもかかわらず出頭せず、病死したとも自殺したとも伝えられる。


 吹けば飛ぶような、一万石の小さな藩の役人であるから、藩が幕府に睨まれたらひとたまりもない。藩に迷惑を掛けぬように自殺したのか、もっとうがった見方をすれば、藩に自殺を強要されたのか、そんなところだろう。
 すまじきものは宮仕えである。
 
 で、肝心の酔いどれのほうはどうなったかというと……。
 「酒上不埒」という名前であるにもかかわらず、酒に関するエピソードは、残念ながらなんにも残っていないのだ。


 詰まらないねえ~。


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週刊美代ちゃん(15)

 はや12月である。


 それも、もう1週間過ぎてしまった。時の経つのの、なんという早さよ。私などは慨嘆しきりなのだが、美代ちゃんにとっては、時は永遠に流れ、命は永遠に続いていくもののようだ。


「85歳まで生きられれば、もう御の字だと思っていたんだけど」


「生きちゃったねえ。来年は88になるよ」


「ホントだねえ。予想もしなかったけど」



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 おそらく、美代ちゃんの家族、親戚、知人、友人、ご近所、同僚、誰一人として、そんなに長生きするとは夢にも思わなかったろう。


 前にも書いたと思うが、20代で肺結核を患ったり、病弱虚弱な体質だったのだ。


 そんなに長生きの家系ではないので、兄弟、親、おじおば、いとこを含めて、誰よりも長生きになる。
 連れ合いの敏ちゃんも亡くなった時、兄弟、いとこのすべてがすでにこの世の人ではなかったが、美代ちゃんの現在も、やはり同じ身の上だ。


「孤独だねえ。子供も一人だし」


「その子供も、忘れたころにしか来ないしね」


 憎まれ口はいつまでたっても達者なのだ。


「週に一度は来てるじゃないか」


「そうかねえ」


「そうだよ」


 美代ちゃん首を傾げる。時の流れが、もしかしたらメチャクチャに遅いのかもしれない。


「85歳までと思っていたんだけど……」


 と美代ちゃん話を元に戻す。ふんふんと頷きながら、私の頭をいやな予感がかすめる。


「いっそ90歳まで生きてやろうか、と思うの」


 やっぱり。


 傍できいていた、介護士のオネエチャン、


「楽勝、楽勝、美代さんだったら90でも100でも」


「そうかねえ」


 美代ちゃん首を傾げながらも、嬉しそうに笑う。



super


「そうですよね」


 と介護士のオネエチャンは私に同意を誘うが、私は口の中でボソッボソッと、


「憎まれっ子世に憚るだからなあ」


 と呟いてから、やけになったように叫ぶ。


「100だろうが、200だろうが、いくらでもいいや!」


「まるで、バナナの叩き売りの逆だねえ」


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週刊美代ちゃん(14)

 美代ちゃんの平和な日々は続いている。
 風邪一つひかない。相当長生きしそうだ。
 そして我が家も平和そのものである。
 しかし……。
 
 やたらと世話の焼ける御仁が、めでたく施設に入居して、やれやれとホッとしたのもつかの間、私の体が忙しくなってしまった。


 ブログの更新どころではない、というわけではないのだが、仕事の数も量もジワジワと増えてきているし、待っていたかのように、「じゅんちゃん、遊びましょう~」と、お誘いを掛けてくる悪友がどこからともなく次々と涌いてきていて、とても今までのように、まとまった文章など書ける状態にない。



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 と、言い訳の御託を散々述べておいて、美代ちゃんの近況の一つでも、ざっとメモのように書いておこう。
 今年の夏はひときわ暑かった。いや、過去形で述べられないほど、もうお彼岸だというのに、まだまだ猛暑が続いている。
 そんな猛暑のなか、空調の行き届いた、「天国」に一番近い場所に暮らしているせいか、美代ちゃんいたって元気だ。
 相変わらず面会に行けば、


「なんか美味いもん買ってこい」


 だし、つい先日などは、


「御飯1杯半だとどうもお腹が空いてたまらなくなるから、今度から2杯にしてもらおうかな、と思ってるのよ」


 と空恐ろしいことを、涼しい顔で言ったりするのだ。
 知人からもらった、豊水という種類の、比較的大き目の梨をいくつか持って行ったのだが、後日、どうだったときくと、



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「美味しかったわよ~」


「皆さんと一緒に食べたのかな?」


「いいええ、全部私一人で食べちゃった」


「あの大きいの一個丸ごと食っちゃったの!」


「そうよう、だからいっそう美味しかったんじゃないの」

 食欲の秋はまだこれから。
 この先のことを想像するだけで、ゾッとしてくるではありませんか……。


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敏ちゃん糞戦記 序章(5)

 またまた膠原病のくだくだしい説明ではじまって申し訳ないが、しばらくご辛抱願いたい。
 前回、フィブリノイド変性という舌を噛みそうなものでつまづいてしまったのだが、今回はこれを舌を噛まない程度に噛み砕いて述べてみようと思うのだが、うまくいくかどうか。


 膠原病の提唱者であるクレンペラーは病理学者である。病理学というのはごくごく簡単に言うと、病気の原因を探る学問だ。
 彼クレンペラーは、原因不明で亡くなった人の病理標本を顕微鏡検査しているうちに、これらに共通して現れる現象を発見した。
 体のあらゆる組織、器官をつなげている結合組織の膠原繊維に、炎症性の変性、すなわちフィブリノイド変性が見られたのだ。(写真参照)



kougen


 これをクレンペラーは膠原病と名づけた。
 なんだか堂々巡りの説明だなあ。(キ▼д▼;)トホホ・・


 要するに、膠原病は膠原繊維に何らかの病変が起こることから、病理学的に名づけられたものだということだ。そしてこれは、わずか65年ほど前に定義づけされた新しい病気なのだ。
 新しい病気ということは、とりもなおさず、まだ解明されていないことの多い病気ということになる。


 実際、膠原病の原因はわかっていない。原因がわからない以上、完全に治す方法もない。
症状を緩和する治療しかない。
 という、わけのわかったようなわからない状態で膠原病の説明はオシマイ。やっぱりうまくいかないや。
 
 前回、リューマチは広い意味での膠原病だ、と書いた。しかしこれは、正確な表現ではない。
 膠原病にはいくつかの病気があって、その中の一つが「関節リウマチ」なのだ。
 また舌を噛みそうな病名が出てくるが、参考までに膠原病に含まれる疾患を以下に並べてみよう。
 
 全身性エリテマト-デス(SLE
 関節リウマチ(RA)
 強皮症(PSS)
 結節性多発動脈炎(PN)
 多発性筋炎・皮膚筋炎(PM/DM)
 混合性結合組織病(MCTD)
 
 さらに、膠原病類縁疾患として、次のようなものがある。
 シェ-グレン症候群、ウェゲナ-肉芽腫症、大動脈炎症候群(高安病)、側頭動脈炎、過敏性血管炎、ベ-チェット病、成人スティル病、リウマチ性多発筋痛症、好酸球性筋膜炎、再発性多発軟骨炎、ウェーバークリスチャン病。
 
 ああ、こんな病名をあげているだけで、あちこちの関節がなんだかだんだん痛くなってきたぞ……。


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ショートショートその13

 ショートショートの題名をつけるのも、けっこう難しい。最初からすんなりついてしまうときもあるが、なかなか気に入ったようなのにならなくて、苦労することもある。
 今回はどうかというと……。


『逆順』


             作/junchan-kk


 息子が、


「父の日のプレゼントはなにがいい?」


 ときくから、


「そりゃ大きくて、丸くて、張りのいいのがいい」


 と答えてやった。
 息子は目を丸くして、マジマジと私を見つめた。


「ママ、なに言ってんの!父の日だよ」


「だからチチの日」


 私は自分の薄い胸を指差す。
 しばらく怪訝そうに、目をキョトンとしていた息子は、やがて、


「ヒョウキンだなあ、ママは」


 と口をイッパイに開けて、無邪気に笑った。そんな笑顔に接すると、ほんとうにこの子の母親で良かったなあと思う。


「チチはチチでも乳じゃなくて、お父さんの父だよ」


 そんなことわかってるわよ、と私も笑顔を返す。


「お父さんと言っても、ママはシングルママだから、あなたにお父さんはいないのよ」


 息子は寂しそうに俯く。
 長い睫の影が、私の母性愛をくすぐる。この子のためならなんでもしてあげたい、と鼻の奥がツンとしてくる。



boku


「そうだ!」


 と両手を打ち鳴らした息子の顔が、パッと明るくなった。


「父の日にはママに、お父さんをプレゼントしてあげよう~」


 やだこの子はなに言ってるのよう。思わず頬が熱くなる。


「ママ、どんなお父さんがいい?」


 そりゃ、頭が良くて、ハンサムで、優しくて、背が高くて、お金があって、と言いかけて、慌てて首をふり、



papa


「あなたがいいと思うお父さんでいいわよ。あなたが大好きになりそうなお父さん」


「ほんとにそれでいいの?」


「いいのよ、それで。そしたら3人で仲良く暮らしましょうね」


「うん、わかった。じゃ、ぼく探してくるね。ママが喜ぶような素敵なお父さんを探してくるね」


 息子は元気よく家を飛び出していった。
 気をつけて行くのよう、とその弾みに弾んでいる後姿を見送りながら、私は思う。


 5月5日の子供の日に、息子はこの家に現れた。
 それから1週間ほどあとの母の日に、息子へのプレゼントとして私は贈られてきた。
 今度は父の日の番だ。
 きっと、親子3人の、つつましいけど暖かい家庭ができるだろう。


 だが、とそこで私の微笑みは凍りつく。
 9月が来るのが怖い。
 9月の敬老の日に、意地の悪い姑が、ポンと贈りつけられてくるかもしれないのだ。


                了


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週刊美代ちゃん(13ー4)

「心配ないよ、犬と一緒に乗らなくてもいいんだから」


 私が、細かく震えている美代ちゃんの肩を叩くと、激しく頷く。


「そうよね、そうよね。佐藤さんが乗せて行ってくれるんだものね」


 佐藤さんというのは、美代ちゃんがお世話になっているユニット型施設の責任者の一人で、生活相談員だ。
 犬を連れてくることなど、無論想定していたわけではない。


 美代ちゃんを車椅子からおろして車に乗せ、さらに車椅子を車に押し込む。レストランでは、その逆の作業。帰りはまたこれの繰り返し。考えただけで憂鬱で、佐藤さんにグチグチと漏らすと、


「いいですよ~。送迎、私がやりますよ」


 と、なんとも軽いノリで引き受けてくれたのだ。


 車椅子ごと乗れるワゴン車に美代ちゃんを乗せ、


「じゃ、家まで行くからついてきてね。家の玄関のなかに犬をつないで、それからレストランに行くから」


 と言いおいて、そそくさとその車の助手席に乗り込んだ。


 やれやれ、命あっての物種の従姉の車からなんとか解放された。あとは2時間ほど食事をして家に戻り、従姉たちが帰るのを辛抱強く待ち、美代ちゃんを施設に送っていけばいい。


 などとホッと吐息をついたのだが、残念ながらこの後の展開は、私の想像を遥かに超えたものになった。

 そもそもその主たる原因は、私が飲兵衛であることなのだから、誰も恨めない。
 お一人様4500円のランチコースという予約はしておいたのだが、


「お飲み物はいかがいたしましょうか」


 という誘いに、従姉、


「ジュンちゃん飲みなさいよ。ワインなんかどう?」


 いえいえ、といったんは固辞する私。飲んだら美代ちゃんを施設まで送っていけない。奥方は野村ナントカの狂言を見に行ってて、夜遅くならないと帰らないのだ。
 しかし、隣の席で、明るく乾杯なんて声が上がり、チンチンとグラスを合わせる音がすれば、ゴクリと喉がなる。ああ、飲兵衛は卑しい。



wine


 追い討ちをかけるように、


「いいから飲みなさいよ。私、運転で飲めないんだから」


「それじゃ悪いよ」


「悪くなんかないわよ。その代わり、夜は一緒に飲んでね」


 一瞬氷りつく私。泊まっていく気かあ?聞いてないぞ~、それも。


「でも……」


「でもじゃないの、飲みなさい。夕方になったら、どこか海辺の温泉のあるホテルにでも行って、飲み明かしましょ。そのときは私もイッパイ飲むからね」


 さらにさらに氷りつく私。



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 海辺?温泉?いま私が飲んでしまったら、そこまで従姉の運転で行かなくちゃならなくなるじゃないか。助けてくれ、私はまだ死にたくない


 そんな私にお構いなしの、従姉のはしゃいだ声。


「私はアイスティー。オバちゃんとお母さんはジュースでいいわね。それからそっちにワインの白。ハーフボトルでいいわ」


 思わぬ展開で、次回に続く~。


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酔いどれ交遊録(5)N氏のこと④

 残るやめないものの一つは酒。
 これはもうご承知のように、やめるどころかますますという感じなのだが……。


「やあやあ久しぶり。元気?」


「まあまあ」


「どうイッパイ?木曜日あたりに、どこかで」


「いいねえ~」


 いいねえとは言いながら、どうも電話の向こうの声が思いなしか沈んでいる。
 株が下がって元気がもう一つ、なんてのはしょっちゅうだが、今回はどうもそうではないようだ。


「どうしたの?」


「実は昨日、キュウカンしてねえ……」


 キュウカン?



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 真っ先に浮かんだのは急患という字。誰か家族の一人が病気にでもなったか。しかし、そういうとき「急患する」なんて言い方はしない。
 次に浮かんだのは「休刊」という字。贔屓のマンガ雑誌が休刊でもしたのか。しかし、そんなことで気持ちが落ち込む男ではない。


「なんだよキュウカンって?」


「ん?キュウカンって言わなかったっけ、あれ」


「あれって何さ」


「ほら、酒を飲まない日をつくること」


 ああ、ああ、あの休肝日。肝臓を休ませるってことね。
 と頷いたものの、私にとっては驚天動地のできごとだった。


 熱があっても、下痢をしていても、二日酔いでも毎日飲む。
 酒を飲まないと一日が終わった気がしない、と豪語していた男なのだ。
 私が最低週に二日は飲まないようにしてるよ、などと言うと、鼻でふんっと笑っていた男なのだ。


「どうしたの?具合でも悪いのか」


「いやあ、そんなことないけど、このところずっと飲み過ぎちゃっててねえ。うちのもヤイヤイ言うもんだから」


 ヤイヤイは前から言われている。今始まったことじゃない。N氏の奥さんは、私の奥方と違って、よく気が利いてやさしく、旦那さん思いの方なのだ。


「ずっと続けるのか」


「まあ、週のうち一日は空けようかと」


 無理、無理、無理、絶対に無理。



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「俺もそう思う……」


「じゃ、どうする木曜日」


「うーん。ずっと飲み会が入っていて、その日だけ空いてるんだよなあ」


「休肝予定日か」


「そういうこと」


「じゃ、せっかく決心したんだからやめよう」


「うーん。前の日が軽くイッパイで済みそうだからなあ」


「じゃ、飲もう」


「しかし、あんたと飲むと、ぐんと重くなるからなあ」


「どうすんだよ」


「うーん」


 と実にいつもに似ず、歯切れが悪い。
 このぶんだともう一つの砦「健康診断をやらない」というのも、陥落するのが間近いかもしれない。
 これもまた奥さんから、酒のこと以上に、ヤイヤイ言われ続けていることなのだ。


「お願い!私を残して死なないで~!」


 私はそんなこと言われたことがないけどね!


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ショートショートその12

 これまでの私のショートショートでは、文字で表現することでできる「騙し」をけっこうやってきたようなのだが、今回のもそれに当たるのかどうなのか……。


「必殺介護人」


             作/junchan-kk


「お困りでしょう?」


 と言って、差し出された名刺の肩書きを見て仰天した。
 
 [必殺介護人 殺野達人]


 まじまじとその顔を見つめ続ける私に、男はさらに微笑みかけた。いかにも人のよさそうな穏和な表情だ。


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「是非、手助けしてさしあげたいのです」


 手助けするって、なにを手助けするというのだ。


「ですから、名刺にある通り……。奥さん、お困りでしょう?」


 困っている。たしかに舅には困っている。足の骨折から歩行が困難になり、最近では痴呆がはじまったらしく、私を妙にイヤらしい目で見るようになってきている。
 だからと言って、必殺だなんて。


「必殺?どこにそんなことが書いてあります?」


 慌ててもう一度名刺を見直した。
 
 [必役介護人 役野達人]
 
 ああ「」じゃなくて「」だったのだ。
 なんということ。
 目の錯覚とはいえ、心のどこかで願っていることが、顕れてしまったのだ。
 それにしても「必役」とはどういう意味なのだ。


「文字通りですよ。必ず役に立つという意味です」


 なにもそんな紛らわしい言葉をつけなくてもよさそうなものなのに。


「いえいえ。最近は、介護してやるとか言って、実はなんの役にも立たずに、お金だけ取る人も増えていますから、あえてつけたんですよ。私、必ずお役に立ちます」


 どうだか怪しいものだ。そんなこと言っておいて、後で法外な請求をする、ナントカ詐欺の一種ではないのか。


「お疑いはごもっともです。ですが、私どもは介護保険料で賄える範囲で、最高のサービスを提供いたします」


 ますます怪しい。


「では、こうしましょう。試しに私たちのサービスをご利用してください。それでご納得いただけたなら、また改めてお話いたしましょう」


 翌日からきてくれたヘルパーさんたちはすばらしいものだった。
 交代で、文字通り24時間ずっと舅の介護をしてくれた。献身的といっていい。
 私はすっかり舅から解放され、毎日ぐっすりと眠れた。なんとなく不調だった体も、元に戻った。


 最初にきた料金請求書は、ドキドキしながら開いたのだが、約束通り介護保険料の範囲内、たったの1ヶ月19000円だった。
 こんなことで採算がとれるのかしら、と思うぐらいの金額だ。
 改めて話にきた役野氏の持ってきた正式な契約書に、私は喜々としてサインした。
 
 それからまた1ヶ月、幸せな日々が続いた後、舅はあっけなく亡くなった。
 その日からずっと私は、得体の知れないローン会社からの請求に悩まされ続けている。一生払い続けなければならないようだ。



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 どういう手品を使ったのか、私が最初に貰った名刺は、最初に私が目にした通り、


 [必殺介護人 殺野達人]


 となっているのだ。
                  了


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週刊美代ちゃん(13ー3)

 叔母さんと犬二匹を車に残して、従姉と二人施設のなかに入ると、美代ちゃんよそ行きの格好をして待っていた。



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 よそ行きと言ったって、先日母の日のプレゼントであげた、薄っぺらいカーディガンを羽織り、おろしたてのズボンをはいているだけだが、そんな準備万端の格好でいながら、開口一番、


「なんだか具合が悪いのよ~。今日せっかく外で食事ができると思ったのに」


 また始まった。いつもこれだ、と腹の中で苦虫を噛み潰す私。
 なにかイベントがあると、どういうわけか感じなくてもいいプレッシャーを感じて、調子悪くなるのだ。


 そう、「気鬱の病」のごく軽い症状とでも思っていただきたい。
(「気鬱の病」とはなんぞや、とお思いの方は、お手数ながら〈シリーズ目次〉から入って、「気鬱の病1~15」までをお読みくださいませ)


「昨日からずっと食欲がなくて、今朝もぜんぜん食べられなかったの」


 嘘こけ!と思いながら介護士さんの顔を伺うと、案の定ぶるぶるっと振ったその顔に、


「完食です」


 と書いてあった。


 従姉が持ってきた美代ちゃんへのお土産は、豪華三段重ねの和菓子セットだった。



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 その一ケースずつを引き出し、開くごとに、憂色に満ちていた美代ちゃんの顔が、ほころび輝いてくる。


「どう見て、見て、きれいでしょう~」


 周りの、ものにあんまり感動しそうもない入居者たちに、見せびらかす。あるかなきかに頷く彼ら。それではならじと、介護士さんたちのみ、いっせいに感嘆の声をあげる。


「おしゃれですねえ」


「そうでしょ、そうでしょ。きれいでしょ。きれいと言えば、この子もきれいでしょ」


 と、従姉を指差す。一同突然の振りに戸惑い、


「……」


「ねえ、美人でしょう~すごい美人でしょう~」


 すごいは言い過ぎだが、、従姉はもう完全に薹が立っているものの、そこそこ美人の部類に入る。
 美代ちゃん喜色満面、さらに止めを刺す。


「なんたって、私の若い頃にそっくりなんだから」


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「行ってもなんにも食べられないわよ~」


 とまだぐずっている美代ちゃんを、騙したりすかしたりおだてたりして、なんとか車椅子を押して外に出ると、叔母が犬二匹連れて車の横に立っていた。


 一瞬ビクッとする美代ちゃん。
 美代ちゃん申年生まれで、犬は嫌いなのだ
 
 この続きはまた次回のお楽しみ~。待っててねえ。


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週刊美代ちゃん(13ー2)

「誰も見てくれる人がいないし、独りにしておくのも可哀想だし、連れてきちゃった。ダイジョウブよね?」


 従姉の「ダイジョウブよね?」は、疑問形になっているけど、ダイジョウブに決まっているという意味だから、私としてはニコニコ笑って「もちろんダイジョウブなんだワン」と尻尾を振るしかない。



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 叔母は、美代ちゃんの両親が昔住んでいたお屋敷に一人住まいしている。裏に従姉の弟一家5人が、高級ラブホテルと見紛うような派手な洋館に住んでいるが、犬の二匹も一緒にいなければ、寂しくてしようがないのだろう。


「じゃ、オバちゃんのところに行きましょ」


 「オバちゃん」とは美代ちゃんのことだ
 行きましょ、と簡単に言うが、美代ちゃんのいる施設にペットを連れて行くことはできない。
 慌てて施設に確認の電話をすると、当然のごとく、


「まことに申し訳ありませんが……」


 という返事がかえってきた。
 私は奥方と顔を見合わせ、二人同時に目で、やっぱりねえと肩をすくめる。
 困惑する私たちにお構いなく、従姉は、


「いいわよ、いいわよ、犬たちは車のなかに置いていけいばいいんだから。さあ、ジュンちゃんも乗って、乗って。助手席よ」


 助手席と言われて、私は一瞬、自分がどれくらい生命保険に加入していたか、頭のなかで計算をしてしまった。
 なぜなら、従姉の車はあちこちボコボコで、そこらじゅう擦り傷だらけなのだ。


「ダイジョウブよ~。大きな事故は起こしていないから~」


 小さな事故はしょっちゅうかよ!そういえば以前、従姉は酔払い運転の常習者だった。


「そんなこと、ここんとこずっとやってないから、安心して~。いいから早く乗って乗って」


 恐る恐る乗ったはいいが、犬のうちの一匹が運転席の従姉の膝の上に、チョコンと座ってしまった。



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「プーちゃん、プーちゃん。プーちゃんは大人しくていい子だねえ~」


 しきりに黒っぽいほうのトイプードルの頭を、愛しそうに撫でる。
 ただでさえ下手くそな運転なのに、犬抱えてするのかよ~。無謀というしかない。身の毛のよだつ行為だ。


 八百万の神様、どうぞ私にメイッパイのご加護を!初詣のときにもっと賽銭をあげておけばよかった……。

 私の運命やいかにさらに次回に続く~。


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