差し込み竹竿の話し | 素人のフナ釣り話

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韓国のフナ釣りの楽しさを学びます.

韓国の釣り竿は昔から特産である矢竹とスズタケを整えて作った一本の竹竿だったと伝えられています。

 

[ 出所:許可済みのあるブログのポスティングから。]

 

しかし、いつから継ぎ竿を作ってきたのか、釣り竿に名前を入れるのはいつ誰が作っており、どのように継承されてきたか、こうした竹竿の系譜は残念ながら記録が残っていません。


それで竹竿の発祥地と製造方法などをたどってみたいと思います。
 

詳しい記録がいるわけではないが、朱政基(チュ・ジョンギ)氏が作った‘朱作'は日本の影響を受けて作った釣り竿と伝わっています。

 

一方、‘朱作'とは別の流れで、平安道出身のハン・スンジン氏、ハン・スングォン氏兄弟の‘韓作'という名前の竹竿は違うようです。

 

[ 出所:越尺サイトのポスティングから。]

 

韓国戦争後、二人は京畿道、竜仁市の柳防洞で‘韓作'という竹竿を作っていました。
 

[ 出所:越尺サイトのポスティングから。]

 

その後に兄のハン・スングォン氏はソウル(1957∼1974年)で‘ソウル韓作'という名の竹竿を作っていたし、弟のハン・スンジン氏は水原(スウォン)で‘水原韓作'という竹竿を作りました。
 

韓作はその後、‘龍仁作'、‘龍仁韓作'、‘ヨンリム作'、‘ヨン作'という名で継承していました。
 

また、イム・グンス氏から伝授された方基燮(パン・ギソプ)氏が‘昇作'という竹竿を作りました。
 

[ 出所:2017.12.04 アン・チャンシク氏(64)から提供された写真 ]
 

方基燮先生は竹竿製作工房である‘昇作竹竿製作所/工房'で作業をしていましたが、2006年11月に亡くなりました。
 

[ 出所:2017.12.07 知人から提供された写真 ]

 

現在は、唯一に竹竿を方基燮先生から、生前に継承された李・ムンソク氏は全羅南道の順天市で継続して‘昇作竹竿製作所/工房'を続けています。
 

[ 出所:2017.12.03 李・ムンソク氏から提供された写真 ]

 

李・ムンソク氏に電話をかけて知りたいこと、気になることをいろいろ伺いました。電話上で多くの話はできなかったのですが、この席を借りてもう一度感謝いたします。
 

方基燮先生の長男が継承されるという話を聞いたことがあったが、継承放棄をしたので、李・ムンソク氏が継承を受けたし、方基燮先生の竹竿を製作する道具を作ってあげた方が、李・ムンソク氏の父親であったとききました。しかし、李・ムンソク氏の後継者は今のところいないとのことです。
 

とにかく、約10年間、竹竿は好況期を迎えたが、1968年初めに登場したグラスロード釣り竿に押されて落ち目になります。
 

誰か伝統竹竿を継承発展させてくれることを望んでいるが、韓国の事情でなかなか容易なものでもないようです。切ない心を禁ずることができないです