読書の記録です。
スマホ脳
人の脳は自然が相手だった頃と基本的な構造は同じで、猛獣や敵、災害から身を守るために常に周囲に気を配っている。つまり気が散りやすい。スマホは最新情報をポップアップで配信することでうまく、元来気の散りやすい現代人の脳をハッキングした。お店のセール情報、著名人や友人のSNSのアップデート、ニュース速報やメール、これらが配信されるとついスマホをとってしまう。
何かを深く学ぶには「集中」と「熟考」の両方が求められるのに、素早いクリックではこれが忘れ去られる。スマホと共存するためには人間がスマホに使われないことが大切。現代人の脳を守るためにスマホを遠ざけようと。
読了後とりあえず、スマホのプッシュ通知は災害情報を除いて全てオフにしました。するとあら不思議。別にすぐに必要な情報ってそんなに存在しないんですね。そんなことに気付かされました。
デス・ゾーン
ニートの登山家として名を馳せた栗城史多氏。その実像に迫ったノンフィクション。
死後の裏付け取材でテレビでは明かされなかった虚構の数々が暴かれます。
登頂したといいながら頂上手前で引き返していたこと(マナスル)。
単独を標榜しているのにシェルパ隊が張ったザイルを使っていたこと(エベレスト他)。
無酸素登山といいながらちゃっかりボンベを使っていたこと。
冒険の共有のために持参していたはずのGPSが実はシェルパが持っていたこと。
「登山」というスポーツは相手が大自然であるために他のスポーツよりも内省的で文学的な側面が強いように思います。対峙する人間には謙虚な心が必要で登山家と言われる人にはどこか慎ましさを感じる。
栗城さんはそんな謙虚な登山家とは真逆を行く存在だった。
兎に角、人を楽しませたい、自分が注目を浴びたいという想いが原動力だったのでしょう。自己顕示欲が少し強い人だったようにも感じます。エベレスト登山中での流しそうめんやカラオケのパフォーマンスは真摯に山に向き合っている山男のイメージとはかけ離れています。それが単に見ている人を楽しませようとした行動であっても、実現不可能な目標を詐欺まがいの手段で達成しようとしては共感は得られない。しかも不特定多数の人からお金を貰っている立場だ。当然批判も起こる。真摯な登山家は黙々と登山に打ち込むはずなのに、この男は登頂する気があるのか…と。
彼の名前が知れ渡ったのはインターネットの存在だったし、彼を追い込んだのもネットだった。ネット民はどこにでもいるような若者の挑戦を自分と重ね、賞賛し、企業は広告塔として利用した。当初は亜流であることが魅力だったのにやがて亜流は下山家と呼ばれ、批判はついには無関心へと移っていく。
栗城史多という商品が世間から忘れ去られる前に、彼はこの世を去った。
本作は決して栗城氏を貶めようと書かれてはいない。彼と関わった人たちへの取材を通じて生前の心の動きに迫っている。そこから見える本当の弱さこそ人間もつ矛盾であり魅力なんだろう。
取材を通じて垣間見えるのはインターネット社会の暴力的ともいえる負の側面だ。寧ろ本当のテーマはこちらにあるのだろうとも思う。
生前彼が書いたというツイッターの内容が重い。
「インターネットの登場でもっと分かり合えるフラットな社会ができるのかなと思ったら全く逆の社会を生み出してしまったように思えます。もっと人に優しい社会を。」
生涯投資家
村上ファンドのことは興味はあったものの、いい印象は持っていなかった。企業を買収し現金を吸い上げ、資金を回収したらポイ捨て…。ハゲタカファンドと同じで、マーケットの歪みを利益に変換しているだけの存在だろうと思っていました。
本書を通じてその思いは氷解した。
今では当たり前にように使われるようになったコーポレート・ガバナンスという言葉。誰も言葉の意味を分かっていなかった00年代に村上氏は提唱していた。
氏の考え方はシンプルだ。
・上場会社の株式は誰でも売買できる。
・上場会社は市場を通じて統治される。
・株価は売買されることで適正価格となる。
・上場会社が利益を現金で溜め込んでおくことは望ましくない。資金を循環させることが公器である上場企業の役割であり、現金は成長のために投資に回していくか、投資家に還元しなければならない。
・上場企業は公正な取引に晒されるのが嫌であれば非上場化すべきである。
といったところでしょうか。
「ガバナンスの効いていないところでは、必ず資金循環に滞りが生まれる。資金は循環しなければ、何も生み出さない。」
この言葉は停滞が続く日本経済の核心を突いていると思う。何故ガバナンスが機能しない時代が長く続いたのかにも言及して欲しかったが、結局この国は未だに高度成長の成功体験を捨てきれず、バブルの痛手から新たな一歩を踏み出せないでいるのだろう。
ものづくりに固執し続けた結果、非製造業の生産性は低いままだ。中小企業の保護を手厚くした結果、新陳代謝が進まなかった。官民ともにIT投資を軽視しすぎてしまった。減り続ける人口に対して有効打を打てないでいる。国民の金融リテラシーが進まずリスクマネーが供給されない。企業は次の一手が打てないから利益は銀行預金に蓄えられ、国債の購入に充てられる。富が財政の赤字補填に回されてるだけで経済は成長しない。
投資家としての実績が強調される村上氏ですが若い頃からNPO活動に高い関心を持っていたことは意外でした。NPOに対する資金供給こそが、社会の諸問題の解決に繋がるのに日本はNPOへの理解が無さすぎると。その通りなんだろう。
不幸なインサイダー事件で回り道をさせられたが、氏の主張は一貫している。
「コーポレート・ガバナンスと、その浸透による資金循環の促進こそが経済成長を促す策だ。」「上場企業もNPOもその仕組みは変わらない。」
娘さんも父親の想いを継いで投資家としての活躍をされている。
きっとお父さんの鼻も高いことだろう。
わが娘はお父さんの背中を見ているだろうか。
きっとバイクばっかり乗ってるんだと思ってるんだろうな。


