石川啄木です。
彼の詩(短歌)が好きだったりします。
いくつか代表的なものを紹介したいと思います。
「ふるさとの 訛りなつかし 停車場の 人ごみの中に そを聞きに行く」
啄木は岩手県盛岡市の出身です。若い頃から天才少年ともてはやされ、文筆家になろうと発起。18で上京します。今と違って、新幹線なんて走っていません。収入も限られる啄木青年にとって気軽に移動することも出来なかったでしょう。
故郷の人に会いたい。いや、ふるさとの言葉だけでもいいから聞きたい。東京における東北の玄関口は上野です。啄木青年は上野駅のホームの人ごみの中で東北弁を探したのでしょう(詩中の「そ」は「その」の意)。そしてゆかりのある人を思ったのでしょう。
盛岡ほど離れてはいませんが、神奈川県出身の私にとっても、横浜の方に来るとなんだかホッとしますね。そして神奈川県ご当地ものに触れると懐かしい気持ちになります。
「じゃん」「だべ」言葉、サンマーメンに横浜ハーバー、焼売弁当。横浜スタジアム(私はベイスターズファン)。
なんで神奈川県民じゃなくなってしまったのかなー、なんて時々思いますね。
もうひとつ。
「ふるさとの山に向かいて 言うことなし ふるさとの山は ありがたきかな」
盛岡周辺で有名な山は岩手山。詩で歌われた山は特定されていませんが、おそらく岩手山を見て啄木は帰ってきたぜ、なんて思ったのではないでしょうか。
私にとってふるさとの山は丹沢大山です。
通っていた学校が神奈川県海老名市にありまして、海老名から見る大山か好きでした。当時登山を始めていたこともあり、雪を纏った大山を見ると夏に見た鹿はどうしているだろうかとか、西はもっと積もっているだろうかと想像することが楽しかったのです。
「はたらけど はたらけどわが 暮らし楽に ならざり ぢっと手を見る」
この歌も好きですね。
文筆家としてはなかなか生計を立てられず、更には息子を1歳で亡くしたこともあり、辛い東京生活となっていたようです。
なんでこんなに思い通りにいかないんだ…。何でなんだ…。そう思って手をぢっと見たのでしょうか。
私はといえば一応、生活は出来てますが余裕はありませんし、仕事は正直ハード。帰りの電車でスマホをぢっと見て現実逃避していますね。
暗い歌が多い啄木ですが、しょっちゅう吉原に遊びに行っていたらしく、実はネアカだったんじゃないかと想像しています。
ところでさだまさし氏の歌も割りと好きなのですが、「案山子」「親父の一番長い日」「コスモス」「風に向かって立つライオン」「雨宿り」など。人の機微に触れる繊細な詩が多い。氏曰く、「歌は暗く、話は面白く」というのがモットーだと何かで読みました。
今も昔も人間の魅力はギャップにあるのかな、なんて思います。
おわり。


