探検家、角幡氏による北極圏を歩いたルポです。旅の記録であるテーマは「光と闇」。
物語は第一子の誕生シーンから始まります。一見、主題と関係にないように思われますが、本作の主題となります。
北極圏を旅した記録はいくつか存在しますが、他と違うのは本作が冬季の極夜の旅であることでしょう。4ヶ月ほど極夜が続く真冬のグリーンランドを旅した記録は殆ど見当たりません。24時間、一度足りとも日が昇らないばかりか、空が薄明を差すこともありません。気温もあがらず、距離感も掴めず、旅は困難を極めます。
何故、極地の極夜を旅するのでしょうか。その答えを求めるにあたっては「探検」という言葉の定義から考えなければなりません。wikiによれば探検とは未知の地域へ赴いてそこを調べ、何かを探し出したり明らかにする行為であり、一般的には危険が伴うものとされています。概ねその通りだと思います。早稲田大学探検部OBである著者は探検とは「人間社会のシステムの外側に出る行動」と定義します。換言すれば探検とは未知の追求としています。昔の探検は地図の空白部を目指すことを目的としましたが、現代では地図の空白部は存在しません。しかし太陽が昇らない極夜の旅となれば新しい未知が生まれるはずです。
更に著者は未知について表面的未知と根元的未知の二種類があるとしています。現在にも未踏峰はありますが、ヒマラヤやアルプス、それらの土地が持つ未知性は解明されています。従って未踏峰や未踏ルートの開拓は表面的未知の追求といえます。対して根元的未知とはその行為を取り巻く世界そのものが未知であるとします。なるほど。間違いなく極夜行は現代における探検、根元的未知を求める旅なのでしょう。
探検には危険が伴うと書きました。極夜行における危険に遭難があげられます。本旅においてgpsは携帯されていません。後述する理由によって衛星電話を携行していますが、gpsがなければ現在地を特定するには地図とコンパス、目視と体感に頼らざるを得ません。昼間であれば可能であるこれらの行為も極夜によって難易度が極度に上がります。即ち未知化されるのです。白熊。狼。セイウチ。ライフルを携行し犬も連れていますが、24時間夜の世界においてこれら肉食獣に対する十分な対策といえるのでしょうか。獣害もまた完全なるシステムの外側といっていいのでしょう。未知を究明するが故に探検は危険との遭遇でもあるのです。二度に亘るブリザードを乗り越えるも食料デポを白熊に食い荒らされたことで計画は頓挫。唯一の同行者、犬を食べることを計算にいれ始めます。極夜で展開される物語は全てが常識外。そして全編を通じて圧倒的な筆力をもって極夜の世界が描かれます。ノンフィクションならではの迫力といっていいでしょう。
また著者は月について多くを割いています。規則的に動く太陽と比べて、正中時刻や高度が毎日変わる月を感情的で情動的であることから太陽を男性的、月を女性的と分類しました。月は太陽に比べて光量が足りないが故に照らす世界を曖昧にします。岩を動物と誤認させ、現在地を惑わします。かつて著者が通った前橋のスナックのトップホステスAが言葉巧みに客を幻惑し、筆者をカモにしたように極夜の空間では月は絶妙な加減で光を投げ掛けてくるのです。そして人は(男は)どうしても都合のいいように解釈し、何度も落胆させられます。月は女なのです。
この壮大な試行錯誤は実に用意周到に練られたものでした。それは筆者の年齢によるところが大きい。
「私には人生の中で35歳から40歳という期間は特別な時間だという認識があった。なぜなら体力的にも、感性も、経験によって培われた世界の広がりという意味においても、この年齢がもっとも力の発揮できる時期だからだ。」と記しています。言葉通り、極夜行は著者の35~41歳にかけて、複数回に亘る綿密な現地調査の集大成として行われています。学生時代から探検に身をおき、経験値を積み上げ、自らのピークを計算し実行する行動力には感服せざるを得ません。私のようなありふれたサラリーマンにとっても示唆に富む視点ではないでしょうか。
苦楽の果てに旅は終盤を迎えます。極夜の終わりが見えつつも最後の最後までブリザードに苦しむ中、思い出されたのは長女の誕生の瞬間でした。出産の中心にいたのは拷問のような苦しみの中にいた妻ではあるものの、子供もまた真っ暗な母体の中から産道を通り、命がけの危険を冒して、光のあるこの世に生まれでてきます。
著者が極夜にこだわり続けた理由は自らの出産体験を追体験したい願望だったからではないかと発見します。妻がどれほどの混乱の中で子供を産み、自分がどれだけの不安を克服して産道を通過したのか、闇から光を見ようとしてもがいていたという点で本作の冒頭シーンに帰結するのです。
そして家族の誕生はもう一つの視点を投げかけます。
本旅では著者の流儀に反して衛星電話を携帯しています。準備期間中に結婚し長女が誕生したことで妻と二歳の娘を日本に残している状態で、外部との連絡手段を完全に放棄してまで極夜に臨むことは心情的に無理だったと吐露しています。脱システムが最も難しいのは太陽でもgpsでもなく家族だったのです。
今後の角幡氏にはますます注目せざるを得ません。人生を賭した旅が終わった今、新たな目標をどう設定するのでしょうか。確かに体力面ではピークはとうに過ぎているのですが、40代、50代の探検があるのではないでしょうか。同世代の自分としてもますます注目していきたいと思います。了。
