人形だったボク 〜ボクにとっての歌〜
ボクは虐待を受けた記憶も激しい苦痛に晒された記憶もない。でも気づくと心を失い人の形をした人形になっていた。なぜだろう・・・。その問いの答えを見つけ、人としての心を取り戻した経験をここに書いていこうと思う。いつかボクの体験が誰かの役に立ちいつか誰かの心を取り戻すキッカケになれば嬉しい。ボクと妹はすごく車酔いの激しい体質だった。妹のことは分からないが、今のボクは全くその片鱗がない。今のボクは車に何時間乗っていても平気なのだ。二人とも車という密室空間が嫌だったのか乗ると1分経たないうちに吐き気がしてしまいいわゆるゲロ袋は必須アイテムだった。そんなボクと妹だったが、必ず週に1回、往復4時間は車に乗る必要があった。小学4年生〜6年生まで、中学受験対策のため住んでいた田舎の塾ではなく、都会の塾に通っていたからだ。日曜日は6時に家を出発し、父が片道2時間かけて車で連れて行ってくれていた。車中で吐きまくってやっと到着したらすぐに塾の授業。もちろんだが、母は出発前までに必ずボクと妹のお弁当を作ってくれていた。塾が終わるのは午後4時。そこからまた2時間かけて家に戻るという日曜日だった。この週に1回の過酷な日曜日をいかにやり過ごすか。そこでボクと妹が編み出した対策が「歌を歌う」ことだった。それも大声で歌っているとすごく楽しい気分になり、車の中だということを忘れられた。もちろんだが歌うジャンルはいわゆるポップスだ。アニメを見せてもらったことがなかったのでアニメの音楽、アニソンを一切知らずに過ごしていた。ポップスと言っても、母が聞くもの。家で流れる音楽は母が聞く曲:吉田拓郎さんやシャネルズなど父が聞く曲:クラシック(主にヴィヴァルディ)この2種類のみだったので、歌うとなると、前者の母が聞く曲しかなかった。そこで「気持ち悪っ!!」となったら大声で「ランナウエ〜♬」と小学生の二人が歌っていた笑ところが。これが父の逆鱗にフレ、道端に車を停められ、引きずり出され二人ともアスファルトの上で正座で公開、大説教を受けてしまった。父の機嫌が悪かったのかもしれない。それにしてもあんなに怒らなくても、と今でも思うくらいこっぴどく怒られた。この瞬間、ボクも妹も自分を自分でコントロールすることをやめたのかもしれない。