※1月25日のブログ「母、心不全で救急搬送」の続きになります。

 

 赤梅

 

 

 母は心不全で16日間入院していましたが、昨日、無事にリハビリ病院に転院できました。

 これで取り敢えず一段落したので、気持ちが少し軽くなりました。

 

 この前のブログの最後に、

「母のことだからまた絶対復活するよ!」

 と書きましたが、本当にその通りで、母はまた復活したのでした!

 

 白梅

 

 寒椿

 

 

 このリハビリ病院に入るのは、なんと4回目です。

 過去3回ともここでリハビリして貰ったおかげで、自宅に帰ることができています。

 だからまたここに転院できて、本当に良かった。

 ここなら手厚くケアして貰えるので、私も安心していられます。

 

 ・・・とは言え、今回はもう、自宅に帰るのは無理だと考えています。

 

 馬酔木

 

 

 行きは介護タクシーでしたが、帰りは一人で電車になります。

 それで、息抜きの為に一人でランチしようと考えました。

 

 

 海老とトマトのクリームパスタ。

 

 

 ストレスがある時は、なぜかパスタが食べたくなる。

 セットのアイスコーヒーと、おまけにバームクーヘンも付けました。

 店の窓から、きれいな富士山が大きく見える、良い天気でした。

 

 寒桜

 

 蝋梅

 

 

 母が救急搬送されてからこの16日間、私は悩んで、悩んで、悩んで、辛かった。

 

 入院してるんだから、家では母のお世話がなくて楽な筈なのに、気持ちは更に重くなって、ずっと母のことばかり考えていて、夜中も何度も目が覚めて、精神的に追い詰められていました。

 

 

 入院直後は、いつ病院から急変の電話がかかってくるかと怯えて、iPhoneに着信がないか頻繁に確認しないではいられなかった。

 ところが、入院3日目には元気になっていたので驚きました。

 

 医学の力はすごい!

 今にも死にそうだった老人を生き返らせてる!

 

 禁食で、利尿剤の内服とカリウム入りの点滴で排尿を多量に促した結果、むくみが引いていったのです。

 最初はカニューラで酸素を着けていましたが、もう外されていました。おそらく肺に溜まっていた水も抜けたのでしょう、母は「苦しくない」と言います。

 

 

「起こして!」

 と、母は柵にしがみついてもがいています。自力では起き上がれない様子。それで離床センサーが鳴りっぱなしになってしまう。

 酸素は外れたけど、耳たぶにSPO2が挟んであり、心電図も付けてるし、尿のバルーンカテーテルも付いているし、点滴もしているので、起こすわけにはいきません。

 それに、何を喋っているのかさっぱり聞き取れなくて困った。でもそれは私が難聴だからなのではなく、母がうまく喋れなくなっているせいです。

 母は通じないから、怒る! 怒る!

 こんなに元気なんだったら、またリハビリ病院に転院して歩く練習したら、家に帰って来られるんじゃないか? 

 

↑デイルームの自販機で買ったコーンスープ。温かくて美味しかった。

 

 

 入院4日目に、病院のソーシャルワーカーに呼ばれて面談しました。

 前回とは違う人だったので助かった~!

 治療が終わったのでもう退院しなければならないが、直ぐに家に連れて帰るのは厳しいと理解してくれて、リハビリ病院へ転院する方向に進めてくれることになったのです。

 

 

 …ちなみに、前回、1年半前に胃がんで入院した時は、女性のソーシャルワーカーだったのですが、私が老健かリハビリ病院へ入って欲しいと希望したら、

「でも本人の意志を尊重しなければ。どっちがいいかお母さまに聞いて来ましょう」

 と言って、母に誘導質問して、母の口から「家に帰りたい」と言わせたのです。その瞬間私はブチ切れました。

 本人の意志尊重とか人間の尊厳とか人権とか言うのは知ってるよ、でも、介護する方には人権はないのか!?

 また、胃がんの手術をした医師も女性だったのですが、

「ここにいたらボケちゃいますよ、かわいそうでしょ? さっさと家に連れて帰って下さい、いつまでもここに居られたら困るんですよ!」

 と、怒鳴られました。

 私はストレスで胃が痛くなって、母よりも先に私の方が死ぬと思ったくらい辛かった…。

 

 

 でも、今回は違いました!

 主治医もソーシャルワーカーも、治療が終わったからって直ぐに家に連れて帰れとは言いません。

 

 

 入院5日目になると、点滴が終わって、食事開始になりました。しかし、嚥下状態が悪いので、トロミ粉を買って来るようにと言われました。

 

 

 入院8日目、また点滴をしている。食事があまり摂れなくて、カリウムが足りないかららしい。

 母の顔色が良くなっていて、良く喋るし、これなら本当にリハビリして家に帰って来れるんじゃないか? と思うくらい元気になっていました。

 母はやっぱりあと5年も6年も、100歳過ぎても生きてるんじゃないか? と、その時は思ったのです。

 

 

 しかし、入院13日目に点滴をやめてから、母は静かになってしまいました。

 面会に行っても、目を閉じていて、声かけするとうっすら目を開けて頷くけれど、すぐにまた目を閉じてしまうようになりました。

 高カロリーゼリーをナースが食べさせているけど、あまり食べられず、吸引もしている様子。

 

 

 元気になっていたのは実は点滴のおかげでしかなく、本当はもう終わりに近づいているのではないか? と思われました。

 末梢点滴は延命治療ではないと言うけど、状況によっては延命と同じなんじゃないか?

 手術後とか一時的に体力回復のためにする点滴は、栄養補給という意味であって、延命ではないと、それはわかります。

 でも、今のこの母のように、口から食べられなくなって、点滴で生き永らえさせているこの状態は、延命と言えるのでは?

 口から食べられなくなるということは、生命体として、終わりということなのではないのか?

 毎日毎日、こんなことばかり考えていました。

 

 

 そうして、救急搬送から17日目に、リハビリ病院へ転院となりました。

 

 介護タクシーで移動しますが、母はもはや座位も取れない状態になっているので、リクライニングの車椅子で車に乗せました。

 発語もなく、目も閉じたままです。

 骨と血管が薄い皮で包まれている、枯れ木のようにガリガリに痩せ細っていて、もう今にも死にそうに見えます。

 リハビリ病院に入ったら、また点滴をしてくれるので生き永らえるかもしれませんが、ここに は最長60日間しかいられないので、そのあとどうしたらいいのか?

 

 父は、家に連れて帰ってきて欲しいと思ってる。私が在宅介護すれば良いと思ってる。

 訪問看護を利用すれば、在宅介護して家で看取ることができるかもしれないが、私のことだから、3日もしないうちに根を上げるだろう。

 やっぱりどうしても、施設に入って欲しい気持ち。

 同居して9年間お世話してきたのだから、もう充分でしょう? 

 

 でも、私は介護福祉士なのに、技術も知識も経験もあるんだから出来るはずなのに、なんでやらないで逃げるの!?

 と、もう一人の私が、私を責める。

 母を在宅介護したくないという気持ちに罪悪感を抱いて、毎日悩んで、悩んで、悩みまくってた。

 

 

 リバビリ病院に転院した日に、ソーシャルワーカーが相談に乗ってくれました。

 特養は空きがあったとしても、食事が5割以上食べられない人はダメなんだそうです。また、療養型病院は治療がある人が入る所なので、母は治療がないので入れません。

 そこで、「介護医療院」を提案されたのです。

 そこは母のような末期状態の人を受け入れてくれて、看取りまでやって貰えるそうです。そんな所があるとは知りませんでした。後で調べてみたら、2018年以降に増設されているとのこと。

 私は追い詰められた気持ちだったので、救われました。

 まだ入れるかどうかわからないけど、60日間の期限内に決まることを祈っています。