日本史メモ 第11回 039 弘文天皇、040 天武天皇 | 嗅覚障害者の団体を作りたい。 I want to create an organization for people with smell disorders.

嗅覚障害者の団体を作りたい。 I want to create an organization for people with smell disorders.

リトル・ミックスのペリー・エドワーズも同じ嗅覚障害らしいですね。"Perrie Edwards from Little Mix also seems to have the same smell disorder as me, doesn't she?"

(奈良市にある、世界遺産の薬師寺。薬師寺の創立者は天武天皇。)

 

(世界遺産-薬師寺- 奈良市公式動画)

 

第39代天皇 弘文(こうぶん)天皇 在位期間672年1月(旧暦12月)~同年8月(旧暦7月) なお、「㊽」とは、「今上天皇の直系のご先祖様で、直系48代遡る」という意味です。

大友皇子(おおとものみこ)。天智天皇㊽の第1皇子。持統天皇&元明天皇&志貴皇子㊼(しきのみこ。光仁天皇㊻の父)の異母兄。

648年生まれ。即位説によれば、旧暦での数え24歳で即位。672年壬申の乱において叔父・大海人皇子に敗北し自害する。享年数え25歳。

日本書紀では即位していない。天皇に列せられたのは明治になってからで、平安時代の『扶桑略記』『大鏡』&鎌倉時代初期の『水鏡』に即位の記事が多いことを指摘した水戸学の影響による。学術的には未決着の争点だという。

672年東ローマ帝国が「ギリシャの火」を使う。

(薬師寺)

 

第40代天皇 天武(てんむ)天皇 在位期間673年~686年

大海人皇子(おおあまのみこorおおあまのおうじ)。舒明天皇㊾&皇極(斉明)天皇の子。天智天皇㊽の同母弟。皇后は鸕野讚良皇女(うののさららのひめみこ。のちの持統天皇)。

生年について諸説ある。672年壬申の乱を起こして大友皇子を破り即位。

皇族を要職につける一方、皇族以外の他氏族を大臣にせず、ついに一人の大臣も任命しなかった(皇親政治。徐々に崩れ、聖武天皇の時代に終わる)。しかも皇族の中に天武天皇を抑えることのできる人物はいなかった。こんなことは日本史上空前絶後で、日本史上屈指の専制君主と言える。

八色の姓(やくさのかばね)で氏姓制度を再編するとともに、唐を模範とした律令国家を目指し様々な制度を整えた。

ただし、中国の科挙(かきょ クー・チー。隋[ずい スイ]の文帝[ぶんてい ウェン・ディ。楊堅{ようけん ヤン・ジエン}]が598年に導入し清[しん チン]朝末の1905年[明治38年]に廃止)のような実効性のある公務員試験&外交官試験の制度は導入しなかった。中国では科挙に合格した者のみが高官になれたため、特に宋代以降、貴族政治や武家政権が防止されたが、日本では藤原氏による貴族政治が出現、そして、武家政権が約700年も続く。日本に実効性のある公務員試験&外交官試験が導入されるのは1885年(明治18年)。

(奈良市にある、薬師寺の西塔。1528年に戦災で焼失、1981年[昭和56年]再建。再建の立役者は当時の管主だった高田好胤[たかだこういん]さんで、修学旅行生を相手にギャグを連発して笑わせる有名人でした。私も修学旅行で笑わせてもらったクチ。今回この記事の下調べをするまで知らなかったのですが、1998年[平成10年]に亡くなられたそうです。ご冥福をお祈りいたします。)

(薬師寺の中で奈良時代から残ってる唯一の建物、国宝で世界遺産の薬師寺の東塔は、2018年[平成30年]12月時点では解体修理中。2020年[令和2年]4月完成予定)

 

新しい都(藤原京)の造営&日本書紀古事記の編纂は実際には天武天皇が始め死後に完成した事業。

道教に関心を寄せ、神道を整備して国家神道を確立し、仏教を保護して国家仏教を推進した。その他日本土着の伝統文化の形成に尽力した。

「天皇」を称号とし「日本」を国号とした最初の天皇とも言われる。

この治世は白鳳時代と呼ばれている。

686年10月1日(旧暦9月9日)病気のため崩御。

(薬師寺の「東塔」が一般公開 12年間の修理を終える[2021年4月4日] 奈良県 MBS NEWS公式動画)

 

676年新羅が唐・新羅戦争に勝利し朝鮮半島を統一。

684年白鳳地震が発生(東海&東南海&南海巨大地震)。

(薬師寺東塔)

 

★天武天皇の万葉集の歌

み吉野の耳我の嶺に時なくぞ雪は降りける。間無くぞ雨は降りける。その雪の時なきがごとその雨の間なきがごと隈もおちず思ひつつぞ来しその山道を。

みよしののみみがのみねにときなくぞゆきはふりける。まなくぞあめはふりける。そのゆきのときなきがごと、そのあめのまなきがごと、くまもおちずおもいつつぞこし、そのやまみちを。

(口語訳)吉野の耳我の嶺みねに絶え間もなく雪は降っていた。休む間もなく雨は降っていた。その雪が絶え間もないように、その雨が休む間もないように、曲がり角ごとに物思いをしながら来たのだ、その山道を。

(桜の季節の吉野の山々)

 

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(雑感)

 

壬申の乱ということで、今日のお題は「身内の争い」です。

コメントが難しい事柄ですが、まあ、とにかく、日本史メモを作っていて多いのが「身内の争い」。

ま、権力者世襲で権力を移譲していれば、そりゃ、「身内の争い」も起きますよね。昔はやむを得ないかな、と思えます。

「権力者」「世襲」「身内の争い」。セットで考えると、「こういうことは私には関係ない。私や家族は権力者じゃないし、今の日本は世襲制じゃないし、嗅覚障害が遺伝するなんて聞いたこともないし」とも思えます。

 

でも、私だって、絶対に「身内の争い」はないと言い切れるかというと、そこまでは言えません。

ニュースを見ていても週刊文春を読んでいても、「身内の争い」は今の世の中でもよくあります。

 

うーん、無い方が良いですよねー。

私の場合、「嗅覚障害に取り組む」という人生のテーマがあります。それにプラスになることをしたいし、マイナスになることはやりたくありません。

「身内の争い」がプラスになることは考えられないですからね。

 

ちょっと、地動説や天体観測で有名なガリレオ・ガリレイで、例え話をしてみます。

ガリレオにとって人生のテーマは「天体観測や科学実験」だったはずです。何てったって、望遠鏡で天体観測をやるの、ガリレオが最初だったんですからね。人類史上初の発見がバンバンできちゃうわけです。やりがいがあって楽しかったことでしょう。

それにプラスになることはしたいし、マイナスになることはやりたくなかったはずです。それなのに「身内の争い」なんてやってられるでしょうか?アホらしくてやってられないでしょう。

 

同じことは、「クリミア戦争で従軍看護をし、看護ということを人生のテーマとしていたであろう、ナイチンゲール」や、「三重苦への取り組みを人生のテーマとしていたであろう、ヘレン・ケラー」などでも、言えます。

 

私だって、「嗅覚障害への取り組み」にやりがいを感じてやってます。「身内の争い」なんて、マイナスになるとしか思えません。アホらしいとしか思えませんねー。

 

今回紹介した天武天皇の万葉集の歌は、壬申の乱直前に吉野へ入ったときの心情を回想した歌と言われてます。

うーん、なんか、暗いですよねー。

勝者として称賛されることの多い天武天皇。この歌も賢さと心の強さを称賛されてるようです。

でも、私とは違うタイプ。「やはり健常者で権力者で昔の人は、私とは違うんだなぁ」「私は、こういう人生の道は選ばない」、そう思えます。