町はなくなっていた・・・ | エバーグリーン

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横浜の不動産屋さんがとりくむ校庭芝生化

先日東北地方に支援隊が物資を運んだ際、


物資の不足や建物の一部損壊などはあれど


一応仙台市内は町としての体をなしていたとの


ことでした。


しかし、一歩沿岸地域へ足を踏み入れると


それは、言葉には言い表せないような光景が


広がっていたとのことです。



付近に住む住民の方々は、この1週間のうち


まともに米を食べていない。バナナと水しかない。


それも1日3食まともには食べられない・・・




支援隊は避難場所である学校に支援物資を


運んだあと、師匠の友人である大友氏より(大友氏


は東北地方で運送業、「主にトレーラーの為市内には


運べない」おおきくを営んでいる)、被災のため運べ


なかった食料品(牛乳やヨーグルトなど)を、腐らせる


よりも他の被災地に運んでほしいと託されたのでした。



大友氏の配送センターにて上記支援物資を受領した


のち沿岸地帯方面へこれを運んだときの光景と被災者の


様子が前述した状態です。


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燃料が無いのと道が寸断されていることから、仙台市内から


目と鼻の先である地域では食料はおろか飲料水すら


ちゃんと供給されていないとのことでありました。



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もちろん知人や親類への援助も必須でしょうが、この様に


本当に何の支援もされていない方々へ、ちゃんと支援の手が


伸びるように、支援する側も考えて計画を立てないと、つくづく


感じられ、無力感に打ちひしがれたと後輩は語っていました。




支援隊の5人は当初歓迎を受けて意気洋々でありましたが


その何時間後にこの現実を突きつけられ沈んで帰路に就き


ましたが、この現実をちゃんと会員たちにも伝えないといけないと


強く思ったようです。




死者、行方不明者が宮城県だけでも1万人を超えるであろうと


県知事が報道で伝えておりました。


この数字を少しでも縮小できるかどうかは、この震災を公人達だけに


任せるのでなく意思のある人たちがどの様に動けるかにかかって


いるのかもしれません。



一度支援物資を運んだからと満足するのではなく、今後もどの様な


支援ができるか、何が必要でどういった支援を必要としているのかを


会員たちと考え行動に移していきたいと思います。