少し経って私は当時付き合ってた彼と結婚した。

弟も一緒に暮らそう!と言ってくださり
一軒家で3人の生活となった。

弟は仕事が夜勤帯だったから
逆転の生活みたいな感じだった。

子供がなかなか授からず
ミニチュアダックスを飼う事にした。
子供がおらんくても仲は良かった。

けど、相手の母より
「孫がそろそろ欲しい」と強請られ
頑張ったが無理で

「あなたが出来にくいのでは?」
と義理母に言われ婦人科を受診した。

結果…無排卵だった。

義理母より
「うちの息子はまだ貴方より若いから先にチャンスがあるの。体の事言うつもりもないけど、出来ればそのチャンスを潰さないで欲しい」と。

まさしくだと思った。

相手は、「子供は確かに欲しいけどお前が大事だから母の言う事はほっておけ!」とゆったが。

とても優しくて、とてもいい人で
この人の人生邪魔したくないと思ったから。
離婚とゆう道を選んだ。

うちの父に報告時
「俺が子供出来る体じゃないから義理母に文句を言われ傷つけた」と、嘘の言い訳をし
あくまで、私には非がないと言ってくれた。

父はそれを承諾した。
内心、非は私なのも知ってたようだ。


社会人になり、チャンス到来!
父が再婚したのだ。
束縛も薄れ、私は少し離れた場所へ転職した。
その時にやっと実家から脱出できた。

門限も無ければ、監視もない。
自由って素晴らしいラブと思った。

仕事終わってから友達と遊ぶ。
その時間が最高に幸せだった。

何年かし、1番下の弟も高校卒業し
生活が安定するまで同居する事となった。

側に姉弟がいるのは安心で、心強かった。
寂しくもないし、友達みたいに遊んだりもした。

1番下は、性格が1番優しくて
素直で良い子だった。
きっと反抗期など無かった子だと思う。

中学生後半。
進路希望の時期、私は夢を諦めた。
小さい頃から留守番中とかにしてた事。
お絵描きニヤリ
ずっと絵を描いたりデザインしたりと
そこに夢を持っていた。

「デザイナー」

それが、私の夢だった。

中学生でお小遣いを使い
通信のイラスト講座にて資格を取得した。
デザインの学科コースも修了してた。
札幌のデザイン校の体験見学へも
小遣いで行って、そこに入るのが夢で
勉強もずっと頑張ってた。

が、高校は普通校で地元に通いなさいと。
親元離れて生活は認めないと。
絵でなんか暮らせないから辞めろと。
父の猛反対で、目標のない高校生活となった。

高校生活でも頼まれてイラスト描いたり
学校の行事などでは重宝される事もあった。
その時はとても幸せで嬉しかった。

高校在学中も絵の勉強はした。
専門校へ進学とゆう希望があったから。

けども、進路を決めるときに再度反対され
地元に平凡に就職した。