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「 生きる命 」



本を買った
気鋭の写真家と小説家が作り上げた代物


美しく成り立った

ビジュアルと言葉のコラボレーション


被写体は地球、、その上に住まう、ありのままの自然

そして、文章はこうである




 命を大別すると、2種類になる

 〈生きる命〉と〈生きている命〉



勝手に抜粋すると

〈生きる命〉とは自身に具わる能力のありったけを駆使し
その力を存分に発揮しながら、ありとあらゆる敵や、ありとあらゆる悪条件と闘いながら
限りあるその生涯を精いっぱい送ろうとしている生き物がしっかりと抱かえ
まばゆいほどに輝いている命のことで
これは野生動物や大自然の真っただ中に身を置いて原始的な生活を送っている未開の人間たちの間にも見られる。



〈生きている命〉とは、生の基本であるところの食べ物やねぐらや安全や健康が
自身以外の力によって確保され、保証されて、さほどの緊張を強いられることなく
五感はおろか第六感まで働かさなければ、たちまち死を差し招いてしまうほどの状況下に置かれていないせいで
〈生きる命〉ならば確実に致命傷に至るような肉体的欠陥もさほど苦にならず
不完全な様相(ようそう)を呈(てい)した外面であっても、その外面を象徴してやまぬ、すっかり弛緩してしまった怠惰な内面であっても
ともあれ無事に明日を迎えることができ、これは動物園の動物や、ペットとして飼育されている動物のあいだに多く見られ、そして文明人の大部分に見られる。





最初の14ぺージから抜粋した。


常若屋では
伊勢木綿・松阪木綿を用い新たな使い方が出来ないか日々奮闘しています。
伊勢木綿・松阪木綿のルーツは2000年以上さかのぼり、実際、伊勢神宮の神事として永遠と伝わっています。

神御衣(かむみそ)祭りは伊勢神宮で最も古くから行なわれている祭典です。


その神御衣は松阪市機殿の上機殿とその隣接の東黒部の下機殿で古式に則り毎年5月14日に夏衣、10月14日に冬衣を奉納しています。

この上・下機殿は垂仁天皇の御代に倭姫命(やまとひめ)が御創定になったものと伝えられています。

伊勢平野南部の御糸五郷多気郡明和町(上御糸・下御糸・松阪市東黒部・西黒部・機殿)は古来両機殿を中心にいわゆる「みいと織」の製織で知られています。江戸時代には農家が副業として「みいと織」の生産高を増し松阪に集荷して松坂木綿あるいは伊勢木綿として江戸に売り出されました。




伊勢木綿・松阪木綿 常若屋
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモ シヅカニワラツテイル
一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲ カンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリ
ソシテ ワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモ アレバ 行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母 アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人 アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガ アレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハ ナミダヲナガシ
サムサノナツハ オロオロアルキ
ミンナニ デクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ ワタシハナリタイ

南無無邊行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如來
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼佛
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩

宮沢賢治「雨ニモマケズ」手帳より

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち
欲はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に 玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに よく見聞きし 分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の小さな茅葺き小屋にいて
東に病気の子どもあれば 行って 看病してやり
西に疲れた母あれば 行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や 訴訟があれば つまらないからやめろと言い
日照りの時は 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい



山に向かう、、、

朝と共に、ヨガで体をほぐし

充実のひと時を

ナブジェのブログ
常若屋が発信する、おかげ手ぬぐい、イセノモンハンカチ、伊勢木綿トートバック、伊勢型紙バックの生地は、すべて伊勢木綿です。

古代、紡績の中心地 三重県松阪市と明和町 周辺の御糸地区で神代の頃より絹と麻を織り
受け継がれてきた技術が、綿の栽培と共に木綿織りへと結びつき

江戸時代には伊勢木綿、松阪木綿と名づけられ一世を風靡しました。

松阪木綿はジャパンブルーの藍染の藍色と縞模様が特徴で
歌舞伎役者さんが縞の着物を着ることを今でも「マツサカを着る」言い縞柄といえば松阪木綿が代表的な存在です。

伊勢木綿は「伊勢晒(白生地)」から始まり「白雲織(紺無地)」「織萌黄」など独創的な染め織り、藍を基調にして、淡い茶や渋い朱や黄色系の色を配して、すっきりとしてあか抜けした色と柄が江戸好みに受けました。

常若屋では江戸期より続く伊勢木綿と松阪木綿の柄を用いてトートバックを作成しました。

伊勢木綿トートバック 常若屋