コンパクトシティが謳われ、住宅地が郊外に拡張される
今日のアルバイトの現場は、会津若松市でした。
会津若松市は歴史観光都市でありながら、市街地に高層マンションが新造され、景観が損なわれているという問題もありますが、今日は郊外の田を潰し造成した住宅地で作業をしたため、その問題について考えました。
少子化が全国共通の問題となり、地方は都市部への流出が重なり、人口減少時代になっています。さらに福島県は、東日本大震災と原子力災害が影響し、2010年に約205万人だった県民は、現在、約185万人(2019年3月1日推計)です。
人口減少、高齢化の進展により、上下水道や道路・橋、公共施設などのインフラを自治体全域では維持管理できなくなる事が想定される等の理由から、国(国土交通省)はできるだけ居住地を集約させるコンパクトシティ化を進めています。
国の借金が1,000兆円を越える事も考え合わせると、この流れはやむを得ず、政治・行政はそれを目指して街づくりを進めるべきだと私は考えます。
今日、訪れた宅地造成地は市街地の外れにあり、駅と幹線バス通りからも離れていました。私は、10数軒が立ち並ぶ真新しい戸建て住宅を見た時、複雑な気持ちになりました。入居者の『マイホームの夢が叶った』という歓喜の姿が目に浮かぶとともに、30年50年後に住民がインフラ維持管理に関する要望を受け入れるだけの余力が行政にあるのかどうか、移動手段に期待を寄せる自動運転技術は雪国にも完全に適応しているのだろうか、と考えました。
「会津若松市都市計画マスタープラン」(2013年、PDF)の「まちづくりの基本的な考え方」を見ると、当該地は“良好な住環境ゾーン”と“田園集落ゾーン”の境界付近となっていましたが、会津若松市街地には空き家が少なくなく、跡地利用が決まらない広大な駐車場の点在を見ると、もっと中心部に近い場所で住居を建てる事はできなかったのかと市外部の人間として思いました。
郡山市でも同じような光景が見られます。やや鈍化しているものの、私の近所でも田を潰し宅地造成が行われています。市中心部で空き家や駐車場が増える中、外へ外へと開発が進められています。
各自治体によって「コンパクトシティ」の基準は様々です。調査研究しなければ、持続可能な街の姿は見えてきませんが、今日現場で見た光景から直感的に感じた事を述べてみました。
今後、私は「コンパクトシティ」についての国の考え方や、県内主要4都市の街づくりなどを調べ、政治・行政の役割や、効果的な政策誘導などを考えてゆきたいと思います。
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『年下からタメ語』を受け入れ、良好な転職市場を
今日、アルバイトで白河から会津若松に移動中の車中で、転職についての会話があり、その中で社員の方がこのよう事を言いました。
転職は労働環境を改善し企業の新陳代謝を促す可能性があります。私は新卒者が定年まで働き続けられる労働環境の整備と合わせて、良好な転職市場が形成されるべきだと考えています。
しかし、『10年働いたが、自分の人生観に合わない』『能力が技術を、もっと活かしたい』などと転職する意思があっても、それを躊躇わせる要因が多くあります。
その中でも、冒頭の『年下からタメ語』は、特に働き盛りの男性にとって、まず最初に考えてしまう事だと思います。
良好な転職市場が根付くためには、“仕事は年齢ではない”という意識を社会に浸透させる事も必要だと思います。
子ども達が、“年齢による上下関係”を学ぶと同時に、キャリア教育の一環として“仕事は年齢ではない”と知ってゆく事で、良好な転職市場が形成され、彼彼女達はその恩恵を受ける可能性もあります。
私は、今日の出来事からこんなことを考えました。
(以上)
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南相馬市小高区
今日の現場は南相馬市小高区でした。
郡山から2時間30分ほど。郡山から最も時間の掛かる市となっています。
震災後にできた、飯館村の「いいたて村の道の駅 までい館」の素晴らしい内装に驚き、県道12号線の八木沢トンネルの利便性の高さを感じ、南相馬市に入りました
南相馬市は、鉄路では2年前に訪れましたが、陸路では5年振りとなりました。小高区に限って言えば、車を利用して訪れるのは約7年振りでした。
南相馬市は小高区を含めて2016(平成28)年7月12日に帰宅困難区域を除いて避難指示区域の解除がされた事もあって、家々には生活感があり、新築住宅も少なくありませんでした。しかし、住民の帰還は5割に満たず、先月末現在で7,938人の住民登録者の内3,169人が居住されているのが現状です。 *参考:南相馬市「避難指示区域別居住状況」。
比較的、生活上の利便性が高い南相馬市小高区が避難期間が5年、その後2年半を経てこの住民帰還率です。既に解除された他町や、これから解除される予定の大熊・双葉両町の地域社会再構築には想像をはるかに超える困難があるのだろうと思います。
今日訪れた南相馬市小高区がどのように再生・復興してゆくのか、私は注目しています。避難区域の中で人口が多く、一部開設された「福島ロボットテストフィールド」や、南接する浪江町に建設される「福島水素エネルギー研究フィールド」を“地元の雇用先”として根付かせ、関連事業で地域産業を発展させられるか、政治・行政の動向を注視したいと思います。
または、これら“重厚長大”的な産業の成否にかかわらず、他避難区域が設定された(されている)町村にはない人口規模を活かした民間の活力で再生・復興を、どのような形で進めるのかも気になります。
郡山からも遠い相双地域で進行する事柄ではありますが、同じ福島県民として、今後の動向を見守り、助力できることがあればしたいと思います。
(以上)
→根本潤ホームページ「30年の仕事」
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