「放射線影響研究所」と専門病院の設置
私が、福島に来てから読み続けている「福島民報」。
当然のことながら、原発事故関連のニュースで占められています。
避難区域での行方不明者捜索や、私の故郷・二本松市などを含めた、県内各自治体の動きなど、中央紙では得られない情報があります。
また、特集記事にも力が入っており、3.11後の福島県民の原発に対する知識を増やし、日々の生活についてヒントを与えています。
さて、今日の朝刊の3面に「放射線影響研究所」が登場しました。
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「原発事故 県民健康調査 ~生かせるか被曝国の経験~」
・・・メンバーには広島・長崎両市で原爆被害者を60年以上調べてきた放射線影響研究所(放影研)も含まれる。問診や分析などのノウハウを生かし、中心的役割を果たすとみられる。(略)米国が自ら投下した原爆の放射線による影響を追跡調査するため、1947年に設置した「原爆障害調査委員会[ABCC](参考:Wiki )」が前身。75年に日米共同運営の財団法人に改組され、今も年間予算の4割近くを米国が負担している。調査の方法や内容について「スポンサー(米国)と調整も必要になる」という声もささやかれる」 (以下略)
*公式ホームページは以下のURLです。
財団法人 放射線影響研究所
(旧) http://www.rerf.or.jp/index_ja.html
(新) http://www.rerf.or.jp/index_j.html
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この記事で目を引いたのは、“年間予算の4割近くを米国が負担”という点です。
今回の県民健康調査は、福島県民のためにおこなわれるべきで、調査結果は県民の健康管理に役立てられ、県民と日本国の財産として共有されるべきものです。
そして、県民の理解を得て、世界の低線量被ばく診断・治療に役立てられるべきだと、私は思います。
「放影研」にノウハウがあるとは言え、米国の“資本”が入った機関がこの調査に関わる事に、違和感を感じます。
それは、この「放影研」の前身であるABCCが、原爆投下の被害者の健康管理や治療のためではなく、原爆の後遺症、つまり“原爆の効果”の検証が目的だったと、私が理解しているからです。
ある意味で「放影研」は“軍事機関”と言えます。
果たして「放影研」は、福島県民の健康を守るために働くのでしょうか?
世界的に「低線量被ばくによる追跡データ」が無いなか、福島県民から得られる被ばくデータと発生するかもしれない後障害 は米国(米軍)にとってノドから手が出るほど欲しいものなのではないでしょうか?
私は、現状、この調査に「放影研」に加わるのは止むを得ないと思いますが、県民の精神的・肉体的負担の代償である健康調査データの管理は、福島県が一元的に行うべきだと思います。
そして、その施設として、私は福島に“放射線医学専門病院”を作りべきだと考えています。
福島県には、被ばく医療施設として「初期:5」と「二次:福島県立医科大学附属病院」、計6施設があります。*出処:緊急被ばく医療研修のホームページ http://www.remnet.jp/pref/07.html
しかし、今回事故で被ばくしてしまった県民の数を考えると、到底片手間では対応できません。
ならば、専門の医療機関(研究所併設)を作り、「健康調査-分析-予防-治療」をトータルで行う体制を整えるべきだと思います。
*参考:小生ブログ「“福島放射線医学専門病院”の設置を!」 http://ameblo.jp/jun-nmt72/day-20110530.html
「放影研」は日米共同運営で、ヒロシマ・ナガサキの原爆被害を引き続き調査する。
フクシマの原発事故被害は、厚労省と東京電力から運営資金の提供を受けた“福島放射線専門病院”が一元的に対応する。
これが、望ましい姿だと思います。
以上。
“つながる”のはいつ?...JR仙石線
今日は、友人の“陣中見舞い”のため、仙台に行きました。
午前中から宮城に入り、松島方面の現状を見たいと思い、東北本線から仙石線(Wiki )に乗り換え、現在の“終点”である高城町駅に向かいました。
鉄路は錆つき、3.11から長い時間が経過したことを知らしめていました。
この先の復旧は未定で、復興計画が決定し財源が確保されるまで再開されることはないようです。
私は、この次の駅、「手樽」駅を徒歩で目指しました。
ここは内陸にあり、ホームの一部にひび割れがある程度で、被害はなかったようです。
この仙石線でもっとも被害を受けたのは、「手樽」から三つ目の「東名(とうな)」と「野蒜(のびる)」の間で、以下に転載した記事にもある通り、復興計画では内陸部への路線変更や新駅建設など検討されています。
現在、高城町~石巻の不通区間ではバス代行輸送がなされておりますが、平日の朝は大渋滞で、石巻市や東松島市から仙台に向かう利用客(特に学生)は不便を強いられています。
『一日でも早い復旧を』と言いたいところですが、今回は被災沿線の“復興”と“再建”が関わってくるため、時間がかかってしまいそうです。
ネックは財源ですので、死に体の政府ではありますが、現政権には最後の力を振り絞って、被災地インフラ復興・再建のための財源手当てをやり遂げて欲しいと、強く願います。
・・・その後、私は海側を通り、徒歩で松島を目指しました。
国宝「五大堂」 に近づくと、人通りも多くなり、仙台方面からの車が渋滞を作っていました。
津波の影響で店を閉めているところもあったものの、町からは日本三景 の気概が感じられました。
東北の復興のシンボルとして、これから日本三景・松島に多くの観光客が訪れる事を、期待しています。
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以上
*資料
◆「東日本大震災復興提言― 交通(道路,鉄道,バス,航空等)およびライフラインについて ―」より抜粋
日比野 直彦氏(政策研究大学院大学大学院)
→リンク(PDF) http://www.grips.ac.jp/docs/security/files/prof.hibino.pdf
・・・復旧にあたり問題となるのが、巨額の復旧費用である。また、現在の補助制度(鉄道軌道整備法
)では「原状回復」が条件となっているため、ルートを変更することも、整備水準を下げることも,地震動に備えた強化復旧も補助対象とすることができない。
特に、第三セクターの鉄道では、補助額が国庫からの4分の1のみとなるため(通常は国庫から4分の1、地方自治体から4分の1)、収益の少ない地方鉄道においては、自力での復旧は困難と言わざるを得ない。
まちづくりと関連させ、住民の生活の足を確保するため、旅客数を確保するためにも、高台に移動した集落付近へのルート変更は必要であり、耐震強化復旧等も当然行うべきである。したがって,近代化補助等を組み合わせることに加え,これらが可能な補助制度の制定を提案する。
*(参考)政策研究大学院大学「東日本大震災復興政策提言」 http://www.grips.ac.jp/docs/security/teigen.html
◆仙石線、路線変更なら巨費…復興計画に影響も (読売新聞 2011年5月24日)
東日本大震災の津波で、太平洋沿岸部を走るJRなどの在来線は、線路や駅舎などが流され、壊滅的な被害を受けた。
23日には宮城県石巻市などを通るJR仙石線の復旧を巡り、JR東日本と沿線自治体などが初めて顔を合わせたが、課題は費用負担だ。...(以下、省略)
◆住居は高台へ、道路や鉄道で多重防御 宮城県が復興案 (朝日新聞 2011年6月4日)
宮城県は3日、震災復興計画の第1次案を公表した。沿岸部では、住居を高台に移す「高台移転・職住分離」と、盛り土した道路や鉄道を並べる「多重防御」のエリアに分け、津波対策を重視した街づくりを進める方針を示した。
案では沿岸の被災地を北から「三陸地域」「石巻・松島地域」「仙台湾南部地域」に区分け。...(以下、省略)
◆鉄路復旧、明と暗 新幹線は早期再開 沿岸路線めど立たず (河北新報 2011年4月26日)
東日本大震災から1カ月半で東京―仙台間の復旧を果たした東北新幹線。大型連休初日の29日には、全線再開を迎える予定だ。ヒト、モノの集中投入で早期の再開を達成し、東北の玄関口の仙台駅を中心に在来線網もほぼ復活した。一方で、津波被害を受けた沿岸路線の復旧のめどは立っていない。...(以下、抜粋)
新幹線と主なJR在来線の復旧の歩み
【3月11日】
14:46ごろ、宮城県北部で震度7の地震。JR東日本管内の新幹線運休。宮城県内全域の在来線も運転をストップ
【15日】
東北新幹線東京―那須塩原間が再開
【18日】
秋田新幹線秋田―盛岡間が再開
【22日】
東北新幹線盛岡―新青森間が再開
【28日】
仙石線あおば通―小鶴新田間が再開
【31日】
山形新幹線福島―新庄間が再開
東北線仙台―岩切間が再開
【4月1日】
大船渡線一ノ関―気仙沼間が再開
【3日】
東北線岩沼―仙台間が再開
陸羽東線が全線復旧
【4日】
仙山線仙台―愛子間が再開
【5日】
東北線岩切―松島間、岩切―利府間、本宮―福島間の3区間が再開
【6日】
釜石線が全線復旧
東北線花泉―一ノ関間が再開
【7日】
東北新幹線一ノ関―盛岡間が再開
東北線福島―岩沼間が再開
23:32ごろ 宮城県北部と中部で震度6強の地震。運転を再開していた東北新幹線の一ノ関以北、宮城県内の在来線は再び全線運転休止
【12日】
東北新幹線那須塩原―福島間が再開
山形新幹線が全線復旧
東北線福島―仙台間が再開
常磐線仙台―亘理間が再開
【13日】
東北新幹線盛岡―新青森間が再開
仙山線山寺―山形間が再開
【14日】
仙山線仙台―愛子間が再開
【15日】
仙石線あおば通―小鶴新田間が再開
磐越東線が全線復旧
【16日】
陸羽東線が全線復旧
【17日】
石巻線小牛田―前谷地間が再開
【19日】
仙石線小鶴新田―東塩釜間が再開
【21日】
東北線仙台―一ノ関間、岩切―利府間が再開し、東北線が全線復旧
【23日】
東北新幹線一ノ関―盛岡間が再開
仙山線が全線復旧
【25日】
東北新幹線福島―仙台間が再開
◆日米共同、仙石線復旧へ「ソウルトレイン」作戦 (読売新聞 2011年4月21日)
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県東松島市野蒜(のびる)のJR仙石線野蒜駅で21日、在日米陸軍と自衛隊によるがれきの撤去作業が始まった。...(以下、省略)
◆運命の2時46分発 駅で交差した「生と死」 JR仙石線野蒜駅 (産経ニュース 2011年5月1日)
東日本大震災が発生した3月11日午後2時46分、宮城県東松島市のJR仙石)線「野蒜駅」を出発した上下2本の電車があった。ともに一時行方不明と報じられたが、下り電車は丘の上で停止、地元住民のアドバイスに従って乗客は車内にとどまり無事だった。上り電車はJR東日本の内規に従って誘導された指定避難所が津波に襲われ、数人が命を落とした。...(以下、省略)
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*追記(2014年3月30日)
A.震災一年経過(2012年3月28日)の野蒜駅 *筆者撮影
◆河北新報:JR仙石線、15年全線復旧へ 震災教訓、踏切ゼロに(2013年2月14日)
東北運輸局は13日、JR東日本が仙石線の陸前大塚-陸前小野間(6.4キロ)で計画する一部ルートの内陸移設を認可した。仙石線は東日本大震災で被災した高城町-陸前小野間(11.7キロ)の復旧工事に必要な手続きが全て整った。JRは同日、2013年度早々に工事に入り、15年中の全線復旧を目指す方針を明らかにした。...(以下、省略)
* 「震災で被災したJR仙石線のルート変更に係る許可書の交付について」(2013年2月8日)(PDF)
(国土交通省東北運輸局)
◆東松島市(http://www.city.higashimatsushima.miyagi.jp/ )
・第四回復興まちづくり計画市民委員会 「JR仙石線移設調整事業」説明資料(2013年11月12日) (PDF)
B.震災三年経過(2014年3月28日)の野蒜駅 *筆者撮影
・野蒜駅周辺 →内陸部移設のため、巨大コンベアで土砂を海側に“移設”している
・野蒜駅から石巻方面へ、既設線と移設線の合流付近 →移設線は高架線で既設線に接続される
*参考
・JR東日本 出処:http://www.jreast.co.jp/construction/reconstruction/index.html
*追記(2015年6月14日)
...2015年5月30日、仙石線が全線復旧しました。
そして、私は復旧の状況を確認するため本日、仙石線に乗車してきました。
「東名」駅手前、分岐点の様子。震災前までは、海沿いを走り「東名駅」に乗り入れていましたが、今回の復旧工事では内陸に移設されました。
移設された新「野蒜」駅。山を切り開いた高台に建っていました。
真新しいホーム、鉄路、枕木(コンクリート製)...まったく新しい駅です。
ホームから南側を見下ろすと、被災した旧「野蒜」駅が見えます。
温かみのある駅舎。
駅前に広がる予定の新しい町の完成までには時間がかかるようです。
避難生活を送っている住民の方々にとどまらず、新しい住民が集い、活気ある町になってほしいと思います。
...全線復旧を伝える吊り広告。「松島」をバイパスし、東北線経由で「高城町」に乗り入れる仙石東北ラインも同時開業したということで、仙台~石巻間の交通インフラが充実。
今後も仙石線エリアの復興状況に注視したいと思います。
川口から総合周産期母子センターが近くなる
川口市民、特にこれから子供を授かりたいと思われている女性の方には朗報かも知れません。
2015年に、さいたま市中央区に県内二か所めの“総合周産期母子センター”が開設されるからです。
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新都心に2病院移転 知事と市長が計画発表 (埼玉新聞 2011年6月3日)
不況による民間企業の事業撤退で開発計画が白紙となった、さいたま新都心(さいたま市中央区)「8-1A街区」の土地利用について、上田清司知事は2日、さいたま赤十字病院
(同中央区)と県立小児医療センター
(同岩槻区)を移転立地し...(以下、省略)
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人口720万の埼玉県に“総合周産期母子医療センター
”は一か所しかありませんでした。場所は、川越市の埼玉医科大学総合医療センター
で、人口密集地である県中県南地区からは離れていました。
川口市で、高齢出産や持病を抱えている方の出産など、いわゆる“ハイリスク出産”に臨まなければならない妊婦の方々は、このセンターか、あるいは越境して東京都の医療施設に行かなければなりませんでした。
今回、この決定により高度な分娩技術をもった医療機関が近くなることで、川口市をはじめ、人口の多い周辺自治体の妊婦の方々の不安は解消されるものを思われます。
さらに、県立小児病院も近くなることで、はからずも重度の疾患をもってしまった子供達への専門施設として高度医療が提供可能となり、子供達とご家族の負担は大いに軽減されると考えられます。
もちろん、課題もあります。
まずは、“総合周産期母子医療センター”を作るなど、新たな設備やベット数を増やす事で必要となるスタッフの確保が挙げられます。
ただでさえ、“全国ワーストの医師数”という不名誉な状態に居座り続ける埼玉県ですので、県内からスタッフを“搾取”することは避けなければなりません。そうなると、比較的スタッフの多い東京にリクルートに行く、技術や経験を持ちながら勤務医を辞めた医師や“潜在看護師”へのアプローチなどを考えなければならないと思います。
そして、新たに作られる施設は『埼玉県の医療圏の中でどのような役割を果たしてゆくのか?』や『周辺自治体の既存施設の役割はどう変わるのか?』など埼玉県の医療行政の見直しも必要になります。
今回は、「さいたま赤十字病院」と「県立小児医療センター」という既存施設の移転新築ということで、約4年という準備期間は短くはないと思いますが、様々な課題を乗り越え、県民が安心できる医療体制ができるかどうかは、埼玉県をはじめとした行政の力量にかかっています。
二つの“基幹”施設の移転新築というチャンスを活かし、是非、県民の願いを叶えられる施設(病院)と地域医療体制(医療圏)を作り上げて欲しいと思います。
以上
*資料
◆「周産期母子医療センター」について(筆者ブログより)
→リンク http://ameblo.jp/jun-nmt72/day-20110222.html
・「医療に低い満足度...さいたま市合併10周年」
→リンク http://ameblo.jp/jun-nmt72/day-20110503.html
◆新都心に2病院集約 さいたま赤十字と小児医療センター (読売新聞 2011年6月3日)
上田知事と、さいたま市の清水勇人市長が2日、共同で記者会見し、さいたま新都心駅前「8―1A街区」の整備について、さいたま赤十字病院(さいたま市中央区)と県立小児医療センター(同市岩槻区)を移転、集約する計画を発表した。当初、県都・100万都市の顔として「にぎわいの創出」を掲げたが、“さいたまタワー”誘致の頓挫など曲折を経て、今度は新たな医療拠点、「安心のシンボル」(上田知事)を目指すことになった。...(以下、省略)










