囚われの根っこ
前編からの続きにはなりますが、私が''きちんとしなければ''に囚われていたこと。
思い返せば母から由来していたことに気づく。
私の母は、若くお見合いで結婚し、右も左もわからないまま結婚生活を送っていた。
母は、手料理するのが好きではなく、整理整頓も苦手、時間の管理も出来ず、父との関り方も上手ではなかった。
またそんな父も職人気質で本音は甘えたいが、表に出さず、短気で大酒飲み。
すれ違いも多く夫婦喧嘩が絶えなかった。
どっちが正しいか、泣く母を横に父から判定役に回されたり…。
そんな母を見て、私はいつもこうすればいいのに。
ああ言えば喜ぶのにっていつも考えていた。
父は母をバカにし、母はいつも父の愚痴を言っていた。
きちんとしなければ…!
―結婚したら、旦那さんには絶対褒められたいし、バカにされたくない。
それが ''きちんとしないと!'' の始まりでした。
…でも現実はうまく行かないですね。
私も、そんな囚われがやがて「エゴ」になり、結局の所、家族をコントロールしようとしていたのですから。
ゆるし
母もまた、「理想の結婚生活」や「理想の夫婦関係」があったかと思う。
そんな母を心の底から理解し、私自身も囚われ続けたことを許せたとき、
私の ''きちんとしなければ'' の悪魔の様な呪いはとけたのでした…
このままでいいんだ。
どんな自分でも、愛されていいんだ。
ここにいていい。
自分を受け入れ、自分自身を感じたとき、ここに太く強い愛があることに気づく。