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バリ島に通い始めて丸15年

建材を探しに来たきっかけから

すごい人とのご縁があって

コロナ禍前までの5年位は

毎月の様に通っていた。

 

この15年の間に

どんどん変化しているバリ島を

目の当たりにしてきた

 

始めてバリ島に来た時の第一印象は、

やはり途上国的印象が強かった。

 

裸電球に屋台が並び

道路も一歩路地を抜けると

舗装されていない悪路

バイクが多く道を行きかい

車もまばら

 

その当時のカローラが

日本円で400万円の値が付く

高級車だった。

アルファードなんかは

数千万円していた

※インドネシアは、ラグジュアリーTAXがある為に

贅沢品に100%TAXが掛かったりする。




 

そこからの現在は、

バリ島にくるたびに、

沢山の変化が見て取れて、

バリ島は進化し続けている!

っていつも感じていた。


コロナ禍になって

観光の島であるバリ島は、

大打撃であろうと

勝手に想像していたが・・・

最初の1年は

パンデミックになり

誰も街に人が歩いてない状況はあった物の

 

この島はやはり根強く生きていた。


過去に2回のテロによる

痛ましい事件が起こったその時も、

観光客が島に入らず

大変な状況だった。

 

そんな事の経験は

しっかりと島の人達に根ずいていて

生きる術を知っていたのだ。

逆行に強く、

島全体が打撃を受けている時でも、

脈々と、

次の発展の為に、

大きな投資が行われ

整備されて

安全安心なバリ島をアピールして

次の観光客受け入れの準備をしていた


それを証明するかの様に、

各国要人が集まる国際会議を

2回も開催している。

今年2月にはバイデン大統領や、

日本の首相等、

先進国首脳が集まる会議が行われていたのは

記憶に新しい。


バリ島にとっては、

安全を世界に向けてアピールした

誇らしい結果を残した事になる。


それに伴った

空港の整備

道路整備等々、

更にバリ島の近代化が、

進められた。


今回バリ島入国の時、

コロナ禍前に

戻った事を

イミグレーションの人の数で感じた



今回、

シンガポール経由でバリ島に入ったが、

787型機が満席だった。

他の到着便と重なり、

イミグレーションも

随分な時間を要した。


ヘルスチェックは、

既に跡形も無く、

そのままVISA発行窓口経由で、

イミグレーションへと…

平時と大まか変わらぬ手続きだった


※関空で、水際対策の為のヘルスチェックが、

各航空会社のチケットカウンターで行われている様だ

成田では既に無かったのだが、関空からバリに入る筈の仲間が、チケットカウンターで、ワクチン接種証明が不備だった為に、チケットが発行されずフライト出来なかった。

バリ島に向かう現段階では注意が必要である。


ターンテーブルで

自分の荷物が流れて来る人の数も

各レーンにかなりの人…人…


残念ながら、

日本人はまばら…

かなり少数派の分類。

欧米の人、オーストラリアの人、インドの人

等等がとにかく大半を占めていたと観る。


空港から街に出た車の数、

バイクの数、

人の数

2月にバリ島に訪れた時よりも、

格段に増えた。

伴って、渋滞も起きている。


コロナ禍以前のバリ島に戻りつつある。

いや、

進化している。


バリ島西側のジャワ島との玄関口となる

ギリマヌクからバリ島首都デンパサール迄の

約100kmの距離

高速道路を今建設中である。

2025年の完成開通を目指し、

急ピッチで工事が進んでいる。


私がバリに通い始めた頃に、

高速道路が出来る話は、

ずっと聴いていたが、

実際に建設がスタートしたのだ。


道路インフラは、

物流に直結する。

経済の根幹は、血液である物流だ

その道路インフラは、血液を送る血管だ


高速道路が開通したら、

今までバリ島の西側玄関となる


ギリマヌクから首都デンパサールまで、

有に4時間は要した道のりが、

2時間ちょっとで結ばれる。

これは明らかに、

物流の流れが変わる。


バリ島の首都を中心に、

クタやジンバラン等の南側が中心となって

栄えていた場所から、

西側、北側へと

人の流れが拡がっていく筈だ。


既に、

観光客受け入れの為の街作りや、

観光拠点となる計画が、

西側で目白押しである。


今後のバリ島

よく知る観光地である、

クタ、スミニャック、サヌール、ウブド

から…

タバナン、ヌガラ、シンガラジヤ、ムンジャンガン

…へと

観光拠点が拡がっていく…

という事は、

経済拠点も変化し動いていく


この10数年

その西側を中心に

リゾート開発を進めている

そのプロジェクトに

私も乗っかっている






これからいよいよ

面白い状況になっていく


楽しみだ


やってみなはれ










 

 

 

 

 

 

今年に入って2度目のバリ島

季節はすっかり雨季から乾季に変わり、


赤道直下のやや南よりでありながら

一日中エアコンなくても

過ごす事ができる

非常に過ごしやすい季節になった。


南側インド洋から吹いてくる季節風は、

時折り強い風も連れてくるが、

この風が

実に爽やかで心地よい





日本は夏になると…

蒸し蒸しと独特な暑さで、

グッタリきて、

熱中症だぁ〜って

険しい時期になる


バリ島のこの乾季には

その蒸し蒸しさが全くない‼️

すこぶる

爽やかなのであーる


今月の末位に

シンガラジャ→ウブド…と移動していくが、

多分ウブドは今居るウエストバリより

ずっと涼しいのではないかと思っている


気持ち良い1番のシーズンに

バリ島に来ることをおすすめする


コ◯ナやらワク◯ンやらの騒動は、

バリ島入国時は、

何もなかった

平時と同じに戻った


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

厚生労働省のホームページ 

[ 水際対策 ]

このページをよく読まれたら

色々な事がわかると思います。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


それよりも、

欧米やインドの人の姿が、

多く観光に来て

賑わいを見せていた。


世界は既に大きく舵を切っている


そんな事も見れたりするのが

バリ島





さすが世界屈指のリゾート地

世界一を誇るホテルベットの数

三重県程の面積のバリ島は、

これから多くの資本が入って来る予定だ

これはどれも見逃せない


これからの5年10年

面白くなってきたぞー

バリ島


やってみなはれ




会社を創業して30年を超えている

あっという間の30年だ

 

建築の世界に入ってからの数えだと

40年に近づく

 

仕事一筋・・・

なんてほど

仕事に根詰めて

がつがつしていた

訳ではない

 

沢山の挫折を味わい

沢山の失敗をし続けた

思った通りにならぬ事の

オンパレードである

 

でも

一つだけ確実にやってきた事がある

それは・・・

どんな時でも諦めずに・・・

コツコツやり続けた・・・

事だ

 

そりゃぁ

大切な社員を守るために

闘った事などだって

数知れず

 

継続こそ力になる

 

仕事を頂き

確実にその仕事を納め

対価を頂く

 

これはどんな仕事にも

通ずる

基本中の基本だ

 

お仕事を請け負った以上は、

どんな状況であろうとも

本気で請けた仕事を納める

義務がある。


※バリ島西部にあるリゾート開発地に在るビラ

 

技術者が居なくなった・・・

料理人が辞めた・・・

人がそろわない・・・

発注側は、

そんな事は知ったこっちゃない

しっかりと

結果を求めるだけだ

言い訳など1ミリも聞く耳はない

 

当然の事

発注した側は、

欲しい結果を得る為に、

貴方に発注している訳だから

出来ない・・とか

未熟であろうがなんであろうが

発注側は、

良い仕事をして納めてもらう事を

期待し、発注しているのだ

 

請けた側は、

クライアントの欲しい結果を

しっかりと具現化して納めなければ

その対価は

頂く事は出来ない。

 

きちんと納めて 

初めて・・・

対価を頂く権利を貰うのだ

 

クライアントが

もとめている以上の結果だったりすれば

それは…

喜ばれ、

また

喜んで頂けてはじめて

次の仕事にも

依頼してくれるに違いないのだ

 

価値と価格の差が

お客様の利益・・



※バリ島西部の街「ヌガラ」の街が一望出来る開発地

 

私が創業して間もない三年目に

社員8名を抱えながら

仕事が切れそうになった事がある

仕事を頂きに沢山の会社に

アポイントを取って

紹介を頂いて

なん日も何日も

頭下げて回った。

 

初めての実績少ない会社に

仕事を出してくれる会社は、

当然の如くなかった。

 

ある会社さんからのご紹介で

お伺いする事になった会社がある。

 

仕事を頂けずのゼロ更新に

半ば意気消沈して

ヘロヘロになりながらその会社を訪れた。

 

年配の社長が出てきて

ゆっくりと応接室の椅子に座らされた。

私は、一生懸命に・・・

自分の経歴や納めた仕事の話をして

「お仕事ください!!」・・・っと

懇願した!

必死だった。

 

その年配の社長

「仕事というのは

  自分から求めるものではない」

「あちらから仕事が来るんだよ」

私・・・

「・・っえっ⁈」

 

なんだか理解できぬお話だ。

「そのうちに理解できるようになるよ」

その社長は

うっすら笑みを浮かべ

図面を渡され

その社長から仕事を頂くことが出来た。

 

さあ理解できぬ宿題が出来た。

 

事ある毎に

その社長の言葉を思い返しては・・・

 

…あちらから仕事が来る…

 

そんなぁ・・

営業しなけりゃ・・・

頭下げなけりゃ・・・

仕事なんて頂けないよな???

 

日々の仕事に感謝をし

社員全員が一丸となって

一つの仕事を納める事に

当たり前のことを

当たり前に

仕事に取り組んでいった。

 

仕事に誠意をもって

しっかりと納める事で、

次の仕事

次のお客様のご紹介・・・等に

繋がっていくのである

 

その繰り返し繰り返しの中で

自分も・・・

社員も・・・

会社も成長していくのだ

 

その小さな成功の積み重ねが

こん日の結果になっている。

 

30年

ただひたすらに・・・

そして地道に・・・

ちょっとした拘りを持ちつつ

一生懸命に

ベクトルをお客様に向けて

仕事をしっかり納めて

 

次・・・次・・・

 

その確実な連鎖で

 

今現在・・・

あちらからお仕事が来るようになった

 

あの時あの同業者年配社長から言われた事が

月日を重ねていくうちに

気が付けば

いつの間に・・・・

 

どんな仕事でも

良い仕事を誠意をもって

価値以上の物を納めたならば

その対価に納得を頂き

「次も頼むね・・・」

って言っていただけるようになる。

 

これを

ひたむきに

地味に

コツコツと

継続していく事で

企業のになっていく


これから起業するにしても

既に会社の実績などを重ねたとしても

この事は変わらない

 

 

やってみなはれ



※殆どが大自然の国定公園の中 ウエストバリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月も半ば過ぎ

ブログから少し離れてしまっているうちに

どんどん書けなくなっていくものだ

 

ゴールデンウイークは・・・

庭でBBQを楽しみ


山に登り



アカシアの花を摘み天ぷらにして食べたり



本を読んだり・・・・

 

のんびりと過ごした

 

身の回りの事が

落着いてきて

やっと身を入れて

「レザークラフト」に

時間が注げるような時間も出来た。

 

道具箱を開き

図面をみなおし型を製作して

先ずは試作品を作り

製品の出来栄えをチェックしていった

 

「レザークラフト」は

20年以上前から

やってみたい事の一つだった

 

丁度コロナ禍が始まり

家にいる時間が長くなり、

これを良い機会に道具を揃え、

ウルトラ不器用な私が少しづつでも

ましになるように・・・・

 

かなりの時間を練習に費やした

 

どれだけの革を無駄にしたか・・・

革のカットの失敗

手縫いがまっすぐに縫えない

ステッチが一定でなく乱雑になる

切断面の処理で革を汚す

製作中に革に傷を入れる

マンションの下の階の住人に管理会社を通して

うるさい!!とのクレーム

 

新しい事を始めると

予期せぬ色々な問題が

散在してくる

 

革の種類によっても

ステッチの糸にしても

材料の質や革の厚み

使い用途によって

無限の革の種類から選ぶことも

骨の折れる難題

 

革の仕入れは一日中探し回って

革を見て回っても

作るものが決まっていなければ

無駄な革を多く買ってしまい

あっという間に

要らぬ革で溢れてしまう

 

そんなこんなで

今まで作った製品は



定期入れ(一番最初に目指した製品)※写真は完売






 カード入れ(試作品を作ったまま2個めは作っていない)個人的に使用中



名刺入れ(これは沢山作った得意な物)






 

手帳型携帯ケース(2番目に沢山作って販売もしている)






 A6サイズの手帳入れ(初めてのファスナー)




 キーフォルダー




 小銭入れ(交通系ICカード入れ付)& 二つ折り財布


 



シガーケース&ナイフ入れ



6穴ミニ手帳ケース

 

全て私自身でで寸法を起こして図面を引き

 

デザインしたオリジナル

少し進化させて




※少し進化させて和柄布を入れて装飾

 

 

色々な製品の納まり等も参考にさせてもらった

 

 

 

作り始めると

寝食忘れて没頭した

朝から始めて

夜を明かした事も多々

 

暇なのか??(汗)

 

ご注文を頂いて

納品させて頂いた物も

沢山あり、

リピートもしていただいている

 

つまり・・・

お金も頂いているのだ

 

何でも興味を持ったら

やってみるものだ

 

今後は、

経営・起業のコンサルで

クライアントのサポートをやりつつ

 

傍らで、

レザークラフト教室もやってみたい。

工房を作って現在計画中である。

 

何でも思い立ったが吉日・・・という

やってみると

その世界観が拡がる事は

間違いない。

 

それは自分のスキルを拡げる事にもなる

その興味ある世界で行動という一歩を踏むことで

見える世界が変わり

興味に経験が加わる事になる

それに相応して

知識も深まる

 

興味が増せば・・・

また一歩・・・また一歩・・・

 

頭で考える事に時間を要するより

やってみちゃえばいいのだ

 

 

結局は行動してなんぼだね

 

やってみなはれ

 

 

 

建築の施工会社を創業した

1991年の7月

創業当時の事を

今でも 思い出す・・・鮮明に

 

独立して創業した当初は、

私以外に3人の人を

いきなり雇う事からスタートした。



※バリ島温泉の出るリゾートホテル

 

若気の至りで独立した

その青い私に

仕事をくれたその会社の

その担当の方との約束は

「最低3人のグループでないと仕事を出さない」

 

資金はマイナススタートだし

道具を運ぶ車すら持ってない

ある程度稼げるようになったら

少しづつ人を増やしていけば・・・っと

安直に考えていたのに

 

いきなりの・・💦💦💦


かなり腹くくらんと

いけないような指令が下り

迷っている時間などなく

直ぐに心当たりに連絡をして

「一緒に俺と仕事やらんか?」っと

会いにいって直談判した。

 

約一か月の時間を要したが

自分の弟をはじめ

高校時代の一つ上の先輩が

一緒に仕事をしてくれる事になった。

 

その後に、

その先輩の仲のいい

これまた高校の先輩が

時期をずらし入ってくれた。

 

人数は万全!!

 

さあ 防水工事の会社が

満を持してスタートを切った訳である。

 

素人集団の施工会社だ!!

 

はっきり言って

私も防水工事としての修行は

たったの2年

 

全くいい根性している

 

でもスタートしてしまった以上

このスタッフ達(先輩二人と弟)に給料を渡す事と

なんとしても

頂いた工事を

しっかりと納めて

良い仕事として残していかねばならない。

じゃあないと

仕事を頂いた会社に・・その担当者さんに

迷惑と信用を失う


次お仕事を頂けない!!

 

何振りかまわず

毎日が必死

毎日が闘いであった。

 

でもこの一番最初に

この試練を頂けたのは

本当に今思えば

有難い話なのだ

 

先ず

仕事を頂かなくては

スタッフ達に給料が払えない

 

頂いた仕事を

何がなんでも

期日までに・・・工程通りに

終わらせなくてはならない

 

皆素人だ!

なんて言っていられる状況は

はるかに超越したところで

皆が必死で自分の出来る仕事に

集中した。

 

出来る事

やらせられる仕事

時間の使い方

無駄を出来るだけ省いて

とにかく

仕事をどんどん覚えてもらって

実践してもらって

改良して

工夫して

とにかく

無い脳をフル回転させて

今出来る最大限の事を

毎日繰り返した。

 

おかげで

三人スタッフは

普通では考えられぬ程

仕事を覚える事が早く、

自分からどんどん動けるようになっていった。


決して手を抜く事や

雑な工事はしていない


寧ろ安全面も含めて品質に厳しい

大手のゼネコンの現場を任せられていた為に、

雑で適当な工事等出来る筈もない

 

私自身がまず

どんどん技術の向上を積極的に

付けていかねば

直ぐに追いつかれてしまうレベルに達してきている。

合わせて

防水のなんぞや??

建物の何ぞや??

コンクリートの何ぞや??

等々を

知識としても

付けていく事にも

力を入れていた

 

材料の知識

適材適所

全体の工事現場での進ませ方とかも

少しずつ分野を拡げて

必要に迫られながら

毎夜毎夜の座学で、

知識も磨いていった

 

その延長線上に

一級の資格があり

取得する事も出来た。

(まあまあ大変な試験だったけど・・・)

 

個人事業主から

その当時は有限会社と言う法人も

300万円の資本金を積まねば

会社組織になれず・・・っだったが

創業して3年程で

法人として新たなスタートができた。


仕事は、

とにかく

遠いとか、

面倒な工事とか

贅沢言っている場合ではなく


予算とか関係無く

どんな仕事でも請けた。


だから出張も多く、

埼玉の所沢を拠点に、

清里のリゾートマンションや保養所

千葉の鴨川、九十九里、箱根、

水戸、宇都宮、鬼怒川、那須、静岡美保の松原

山梨県だけでも、大型の病院やら大学

ホテル、観光施設、工場等等

しょっちゅう何処かに泊まって工事をしていた。


元々何処かにとどまって、

同じ場所でコツコツ仕事をする性分でも無く、

出張は、色々な場所に行けたり

環境が変わって気分も変わり、

出張は出張で楽しい


スタッフの数も増えて、

仕事を頂けるお得意先も増えた。


会社創業から5〜6年位は、

無我夢中で、

走り抜ける事ができた。


それは1番最初に、

「スタッフが3人以上じゃないと

仕事を出さない」って

高いハードルを提示してくれたおかげ


1人でやって来ていたら、

折角独立したにも関わらず

中途半端にダラダラと

仕事をしていたであろう。


人を活かして使う術も

学んでいなかったとも思う


そして、

今尚も良いスタッフ達に囲まれて、

30数年という年月、

会社は存続し、

お客様にご愛顧頂いている


創業当時

目標があって始めたわけではない

計画を立てて行動したわけでもない

当然建築で独立するんだ‼️

と言う気構えで、

建築の世界に入った訳でもない

技術が備わっていた訳でもない

当然知識だって…


単純に、

今自分に出来る事

それを具現化して、

決めたら…

後は一生懸命に

無我夢中でやって来た

それだけだ


やれるか…

できるか…

じゃない

「やってみよー」

「やる為に必要な事は⁇…」

とにかくやる為の行動をして来た


やはり

行動して行く事

これに尽きる‼️


行動して行く為に必要なのは、

仲間‼️

仲間作りは、

行動して行く為に1番必要な要素

その仲間は、

先輩なのか

後輩なのか

身内なのか

同僚なのか

同業者なのか


とにかく自分を救ってくれるのは


仲間‼️


仲間を先ず作ること

その事でより行動は、

具体的な物になっていく


副業の時代だ


やってみなはれ




 


※サーフィンで有名なMedewi beach(Bali)










 

 

 

 

先日

経営相談での話

 



 

その経営者は

口癖なのか・・・?

 

「はい それ知ってます」

「わかります わかります」

「あああ 知ってます知ってます」

 

内容こそここでは触れないが

「知ってます」

「分かります」

この連呼だった。

 

っとした所で・・・

こちらが話したことの全て

知識として

知ってい要るのなら

なぜ?

結果が伴っていかないのか???

その経営者が思う結果が

少しでも現れてこないのか???

そもそも私に相談する迄もない様な…


それにはーー

 

単純明快な答えがある。

 

それは

行動・実践をしていない

 

知識として

知ってたからって

行動や実践をしてなければ

知らない事と同じだ!!

 

実践的に書かれた

優秀で為になるビジネス書を一生懸命

何冊と読んでたりしても

読み終わり

本を閉じて

本棚に仕舞っただけなら

それは知識こそ増えても

その先は

行動したら実践してかねば


何も産まない



 

実践して結果

行動してその結果・・・を

繰り返していくうちに

相違工夫が生まれて

次につながる為の

行動に・・慣れも加わり

前に進んでいく推進力が

備わっていく。

 

世の風潮で、

とかく 一攫千金的な話が行きかっているが

先ず確率で言うなら

宝くじ的な万が一な世界だ。

この 一攫千金 には

真の努力が聞こえてこない

 

その確率に掛けている間に

地道にコツコツやれる

「いま、ここ」・・・に

全身全霊を掛けた方が

余程前向きであり

そのプロセスこそが

自分を成長させていく

 

地味に

コツコツやり続けた先に

自分が思う結果がついてきたら

その結果を大切にするし

その実績が更に

大きな結果への

礎になっていくはずだ

 

 

野球だって

サッカーだって

直ぐに上手くなって

プロになれる事等 皆無

 

血みどろの練習あり

トレーニングを積んで

メンタルも強くなっていって、

それでも一握りの選手が選ばれ

やっと活躍の場を与えられる。

そこから

どの様に結果をの残していけるか

また人一倍の努力が必要なのだ




 

一攫千金の様に見えるその裏では、

人一倍の努力と

習慣化されるまで

何度も努力を繰り返し

結果→改善→結果→改善の連続で

沢山の工夫をしている。

 

私の防水職人時代は、

手先の仕事ながら

ウルトラ不器用な為に

人の何倍も練習を積んだ

素人ながら

先輩から奪って仕事をした

 

趣味のレザークラフトも

作っては壊しの連続で、

どれだけの革を無駄にしたか・・・

 

経営者として

営業なんかした事すらなかった為に

百戦錬磨

飛び込み営業もした

ある大手のゼネコンさんの仕事がしたくて

三年間 毎月通った

そー簡単に仕事を頂ける事等

無いって事を

沢山経験させてもらった。

 

周りに

色々教えてくれる先輩や、

こうやって営業してお仕事貰う・・・なんて

 

色々教えてくれる先輩なんて

全く居なかった

 

同業者は皆ライバルに思っていたし

 

「俺は一匹狼だ!!」

 

なんて格好つけて

相談をあえてしてこなかった。

 

むしろ

経営の相談なんかする前に

思ったら行動をしていた

 

体当たりな営業だった

 

(今もって思う事は、経営相談をちゃんとしていたら

回り道もせず、また変わったステージに居たかもしれない・・・)

 

でも人とは違う経験を

かなり積んできたという自負はある

 

その為の回り道も

沢山した。

 

冒頭の口癖経営者の

 

「はい それ知ってます」

「わかります わかります」

「あああ 知ってます知ってます」

 

分かっているつもりになっちゃってる

 

この話の後

一つでもこの経営者は

実践できれば・・・

違った景色が見えてくる筈だ

 

本当に

本人が気が付くまでは

ここで起こった相談劇での偶然ではない一コマ

やり続けるだろう

 

練習して

失敗して

気づき・学んだ先に

その経営者の成長

強いては、

会社の成長に

直結している

 

せっかく得た知識や学んだ事を

行動し実践していけばいいのである

 

 

一攫千金など

ありえないと

肝に銘じておくべきだ

 

人や奇跡の様な運を

あてにしてはいけない

 

自分で起業し自分で決めた事だからこそ

自分の道は自分で切り開いていく事

 

良き道しるべとして

私の得てきた経験から

アドバイスが出来るはずだ

 

アドバイスの後は

どの様に行動していくか

それは

経営者次第である

 

やってみなはれ



※バリ島ウブドにあるVilla

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナ禍になる前まで

毎月のように通っていたバリ島




 

年間で165日間バリ島に入ったりもしていた‼️(笑)

 

今や、第二第三の故郷と言える‼️


何が良いって・・・

それは「人」

 

常夏の島

赤道直下で過ごしやすく、

重いコートや靴下が入らない

服が軽い

自然あふれる環境

日本人の口にあった郷土料理(少し辛いけど)

・・・・って良いところが沢山あるけど

 

やっぱり何よりも「人」

 

ただいまーーーって帰ると

おかえりーーーって返ってくる場所があるのが

何より嬉しい嬉しいィ〜〜

 

そんなバリ島が少しずつ進化を続けている



※ギャニアール県海側にあるVilla

 

コロナ禍では

観光の島であるバリ島に

観光客が全く入って来なかった。

 

人通りで溢れていたクタの街は

閑散として、シャッター街と化し

街のいたる所で、

みんな同じ物を売っていた露天商のおばちゃん達は

どこに行ってしまったのか??っと

何も無い画像を見て

心配をしていた。



 

日本では

まだワクチンが・・・

感染者数が・・・

と連日ニュースで取り沙汰されていた

2022年11月初旬に

私の我慢の限界‼️

2年9ヶ月ぶりのバリ島行きを決行した。




 

バリ島到着‼️





デンパサール空港を出た瞬間の

「モワ〜」っとした雨季特有の湿った空気と暑さを

懐かしんでいると

15年お付き合いをしているドライバーが

白い歯を見せながらこちらに手を振っている

懐かしさと、バリ島に入る事ができた喜びで

少し涙ぐんでしまう程に

静かに感動してしまった。

 

とにかく

腹減ったから

いつものワルン(食堂)で

ナシチャンプルを食しに・・・



※地元で何時も賑わうソウルフード ナシチャンプル


 

目的地までの道中の話は

言わずと知れた

お互いの近況報告。

 

本題のバリ島

コロナ禍で衰退などどこ吹く風

確実に進化を遂げていた

 

バリ島の首都デンパサール近くから

バリ最西端にあるジャワ島玄関口となる

フェリーのあるギリマヌクまで・・・


通常であれば4時間はかかってしまう国道に

高速道路を建設していて

2025年完成を目指す。

まさに今建設ラッシュなのである

 

バリ島の西側は

まだ手付かずの自然が残る

国定公園も点在し、

自然の宝庫

知る人ぞ知る・・・

本格的な源泉掛け流しの温泉があり、

ヨーロッパの観光客に人気な

ダイビングスポットがある

 

ジャワ島からバリ島首都デンパサールまでの

物流が今後

高速道路ができる事で

活発化する

渋滞の緩和にもつながり、

人の流れも変わる

 

バリ島西側最大の首都ヌガラも

高速道路建設向けて

街が活性化している。


たったの2年そこそこ行かぬ間に

ローカルな街並み残るヌガラの街も、


何処そこの建物が近代化し

高級住宅街と呼ばれる

景色の良い高台の場所には

自然の調和をとりながら、

開発が進んでいる。

 

今後さらに

この西側から北の方へ行くバリ海側に

新国際空港の建設も始まるという。

三重県と同じ面積の島に

二つの国際空港ができる!!

 

アメリカやヨーロッパからの便に

バリ島直行便が入って来る可能性が大なのである。

 

バリ島の今後の観光経済が

下向くなどまず考えにくい!!

 

インドネシア全体で考えても

人口ボーナスの始まる3〜5年後位には

のんびり構えている日本の経済をよそに

しっかりと根付いて

進化を遂げるであろうことは

インドネシア首都ジャカルタの街を歩いていても

火を見るに明らかだ!!

 

これからバリ島が面白くなる!!

 

私が生きているうちの

ビジネスの

   ラストチャンスかもしれない

 

さあバリ島に行きましょー〜


面白い情報が待っている


ビジネス感の働く人は、

何が来るか…


やってみなはれ‼️


行ってみなはれ‼️


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5月中旬〜6月中旬の一か月間

バリに滞在

久しぶりな長期滞在。


不動産視察&観光ツアー

バリ島半周ローカル巡りツアー

決行‼️


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※サーフィンスポットとしても有名なMedewi

 

 

 

 

※バリ島北西部にあるホテル:TAMAN SARI BALI


すっかり春らしい陽気になって

若葉が芽吹き始めた。

朝晩の寒さはあるが、
実に過ごしやすい

寒く強張った時と比べて
気持ちが前向きになる

朝起きて
新鮮な空気を思いっきり吸って

ちょっと身体を動かしてみたくなる

いい季節だ‼️



人の動きも
気持ちの上で活発になってくる

少しずつ
バリ島に行く為の相談が増えて来てる

コロナ禍に、
バリ島はおろか、
海外に出れず、
国内での旅行も自粛していた
人達が、

そろそろ我慢も限界(^-^)



※Ubud  Komanekaグループのホテル最上階から…



今バリ島は、

どんな様子なのか⁇

っと 問合せや相談が増えている


私は、

昨年の11月から、

既に3回

バリ島に行っている。

2月にバリ島に入った時は、

主要な場所や、レストラン等は

欧米やオーストラリアから来る

観光客で、賑わっていた。


日本人は、
まだ殆ど見てない…っと
現地のドライバーが言っていた
寂しい限りだが、
そのうちに増えて来る…っと
そー伝えた。



ガルーダインドネシア航空が、

唯一のバリ島直行便だったが、

現在は成田空港からの出発便

火曜、木曜、土曜の

週3便で、



関空からの便は

今尚復活の兆しがない。



週3便は、

スケジュールが組みにくく、
航空運賃も、
他の航空会社に比べて、
コロナ禍前のビジネスクラス的な

運賃な為に

高い‼️

(情報は変化している為要確認を…)



7時間のフライトで、
バリに到着する便利さは、
ありがたい事だが、
スケジュールの自由度が半減して、

運賃もすこぶる高い‼️


それでも

どーしても直行便が…

と言う方には、

全くもって問題なしなサービスだし、

やはり直行便は、

煩わしい心配無く、

飛行機に乗って仕舞えば

快適にバリまで運んでくれる😃😃

成田からしか出て無いけど

飛行機の席は比較的に空いている


私の場合

コロナ禍以降は、

他の航空会社(シンガポールエア)で

バリ島を往復している。

シンガポールエアは、

機内サービスも、

運賃も安心価格

(ハイシーズンは、それなりにする)


その上、

チャンギ空港経由の便数も、

飛んでいるのでありがたい。


飛行機の時間をしっかり

確認しながらチケット予約が取れれば、



乗り換え時間1〜2時間で


チャンギ空港⇄バリ島の便は、

数飛んでいる。



関空や福岡空港からも

チャンギ空港経由でバリ行くのに

本数飛んでいるので、

調べてみると良いでしょう



調べて最適な時間を計画していけば、

直行便使わずとも、

空の旅は快適である。



今回、
私のバリ渡航は、

4っのツアーのアテンドをする



2つのツアーは、

バリ島観光



もう2つは、

バリ島リゾート開発地の、

不動産視察ツアー&観光



今からもう一つツアーが
組まれる可能性も出てて、
なかなか、
バリ島滞在も長く、
充実した時間を過ごす事に
なりそうだ‼️

そして、
コロナ禍で
何処にも行けなかった

ゲスト達さんとも久しぶりの再会あり、

初めましての人ありと…
バリ島滞在中が、
とても楽しみ

今回何処にお連れしようか?

どこのホテル(ビラ)に泊まろうか

それを考えてるのも

結構好きだ


何処のお店で食事をしようかなーとか

どんな観光をお望みか?

どんなところに訪れてみたいか⁇


温泉♨️三昧もあるし

(1番自分が行きたい😃😃)


今から思いをめぐらして

ワクワクしてる


私の今回のバリ島出発は、

5月中旬


帰国は、

一ヶ月後の

6月中旬



久しぶりの長期滞在に
胸踊る

5月から6月のバリ島は、
雨季も明けて
天候も安定してきて
大変過ごしやすいシーズンに入ってくる。

この時期は、
世界的にみても、
日本のゴールデンウィークの様な
長期休暇の次期は無く
ローシーズンになる。
観光客もハイシーズンに比べると
落ち着き、
バリ島内も、
大きな行事が少ない
(ウバチャラは、
しょっちゅうやっているが…)

飛行機も予約は、
比較的取りやすい。

なのでのんびり過ごすには
良い季節だ。


さぁ皆んなで、

バリ島に行こう‼️




やってみなはれ
行ってみなはれ


※Mimpi Resort Menjangan 源泉掛け流し温泉

私が独立をした当初

それは・・・

25歳になって

 

本当は、

お世話になった会社に

ずっと務めるつもりでいた

 

まだバブルが崩壊する前で、

仕事はこなし切れぬほどで、

一日に二軒回りしたり

昼と夜のダブルヘッターで現場で仕事したり

 

何時も仕事 MAX!! 状態で

 

帰宅すると

食事・・風呂・・寝る

若いなりに

オーバーワークな日々だった。

 

そんな仕事追われる日々でありながら、

その当時の社長は

金無い・・金無い・・を

口癖の様にしてた。



※バリ島タナロット寺院から更に西に走ったホテル

 

ある時

仕事が終わり

風呂から出て

ひと時を過ごしている時に

電話が鳴った

会社の事務所に呼ばれて、

私が工事をした部分の

作業内容を説明してくれ・・・

というもの

 

社長は事務所で独り

請求書を書いていた

 

その請求書を覗いてみると

何やら私のイメージと違う

請求書の書き方で

実に簡単な物であった。

 

私は

この防水工事の会社に入る前の前職は

ガラス工事屋の施工管理をしていた事で

協力業者から上がって来る請求書を

チェックする業務も行っていた。

その為、

請求書の見方や書き方等は

よく見ていて知っていた。

 

うちの社長が書いているその請求書

どー見ても

抜け落ちが多く

勿体ない請求をしていた。

 

そこでその月の請求書の

作成のお手伝いをした

 

たったそれだけの事だったのに

その月の請求は

最初と大きく異なる金額に変わった。

 

それからと云うもの

請求時期になると

毎月請求書作成のお手伝いを

するようになった。

 

たまたま前職での仕事で

請求書を扱っていた事が

この会社で大きく役立つことになった訳だ。

 

 

人の会社の為に

この事を続けていく事より、

自分で仕事をしたものを

自分で請求して

生計を立てていった方が

いいんじゃない

 

元々は、

高校の頃から

「社長になってのし上がってやる」

なんて豪語していた訳だし

 

そのあたりから 

独立を考え始めたきっかけとなった。

 

その半年後の

1991年7月に独立 をした。

 

 

「独立する考えはあっても

    何をしたら良いか分からない」

 

そんな話をよく耳にする

 

照顧脚下しょうこきゃっか

 

という言葉がある

禅語だ

 

外にばかり気を取られるばかりでなく

足元をよく見よ・・・

 

そんな意

 

何をしたらいいか??

と悩む前に、

 

今自分が出来る事

そこに答えあり

足元・・身近なところに

目配り気配りする事で

必要な事に気づく

 

Do な部分にばかり目を向けていく前に

じっくり周りをみて

今自分にできる事

その事が

「何をしたら・・・」の答えになっていく

 

 

足元に答えがある

 

私も最初から防水工事の仕事で独立しようと考えて

建築の世界に入った訳ではない

 

今・ここ 

 

その延長線上に独立・・起業 という展開があり

そこから 

33年目となった訳だ

 

何事も

行動 

これに尽きる

 

 

やってみなはれ




※ バリ島西部の漁港に停泊している漁船

 

マットデーモンという俳優さんは

知的な役柄が多く

大好きな俳優さんの一人だ


それもそのはず

流石のハーバード大学……中退

 

グッドウィルハンティング

ボーンシリーズ

オデッセイ

オーシャンズ

フォードVSフェラーリ

etc・・・

 

挙げだすときりがない程・・・

 

いい映画に沢山出ている


すごい役者さんだ

 

 

今,公開中の映画


「AIR」




※公式のホームページがら拝借


どん底だったナイキの

バスケットボールシューズ部門で

復活を任されたソニー(マットデーモン)が

その当時まだ無名の新人

マイケルジョーダンに目を付けて

ナイキのシューズを

ジョーダン選手に履いてもらう為の

契約までに至るストーリー。

 

この実話は、

ビジネス的に必要な要素が沢山!!

学び要素満載な物語。

 

低迷してる当時のナイキが

復活を遂げた話だ

その当時、

バスケットシューズは、

adidas converseと言ったメーカーが

強かった時代に

「NIKE」が限られた予算の中で、

どう立ち向かっていくのか…


今でも充分に通用する

基本的な交渉事や、

リスクを取る腹くくりが

本当に勉強になった。

 

コロナ禍になり

人との接触を避けた3年間

ZOOM等の便利ツールを

フル活用して

人と関わりを維持継続発展・・・っと

必死な時を画面越しに過ごしたが、

 

それでも・・・

やっぱり

大切な話は

直接会いに行き、

向きあって

伝えていく・・

 

リアルであって、

お互いの空気感や

反応を確認しながら

目を見ながら

話をしていく事が

どれだけ大切な事なのか

 

周りが皆

強く反対した事であっても

考える前に

行動を起こし

信念もって

話をしたならば

必ずや伝わっていく

 

この映画で

改めて

会いに行く事の大切さ

行動する事の大切さをも

強く学んだ。

 

この映画

観た方がいい

これはお勧め

 

もう一度じっくりと

何度でも観たい映画だ

 

マットデーモンが少し太った役も

親近感がわく💦💦


良い映画にまた出会えた