今朝、ラッキーなことに、地元の駅から通勤電車に座ることができた。


冬はみなコートなど厚着をしているため、座席幅は思いのほか、狭くなる。


身体が大きい僕は、なんとか座ったものの、背もたれに背中をつけることはできなかった。


しかも、今朝は雨が降っていたため、脚の間にビニール傘を挟んで身体を小さくしていた。


右隣は大学生っぽいお兄さん、左隣は40歳前後のおばさん、どちらも同じように傘を脚に挟んでいた。



電車が混みはじめると、僕たち3人の前に人が立った。


左隣のおばさんの前には、30歳半ばくらいの肥満気味のサラリーマンが立った。


すると、おばさんは脚に挟んで持っていたビニール傘の先を、前に立つ男の脚の間に滑らせた。


一瞬、足元をすくわれるようになった男は、腰を引き、「な、なに?」と小さな声を発する。


おばさんは、男の声に答えることなく、そのままの状態を保っていたため、男は腰だけを引いた変な


姿勢で吊革につかまっていた。



渋谷に到着し、だいぶ車内は空いたが、左隣のおばちゃんも、その前の男も降りなかった。


電車が渋谷を出ると、なんとおばちゃんは座った姿勢のままビニール傘を脇に抱え、槍のように


前に突き出したのだった。


前の男は、慌てて傘を交わし、さっきよりも大きな声で「な、なにすんだよ!」と。


しかし、おばさんやはり無反応で、そのままの姿勢を保ったまま、永田町で降りていった。。。



おばさんにとっての、前にいた男との距離感って、なんだったのだろう。。。


横に座っていた僕とは、肩が密着していたのに。。。

実家の近所の床屋に20年ぶりに行った。


実家は34、5年前に売りだされた分譲マンションの第一期販売分。


A地区からE地区まであり、およそ1500戸はある大きなマンション群だ。


同じ時期に、周辺にも戸建て住宅地が開発され、のちに小学校と中学校も作られた。


もともとは山だったところに、私鉄新線が枝分かれし、駅が出来、開発が始まった。


当然駅前の商店街も新しく作られ、その中にその床屋もあった。



父は僕が14歳の時に、このマンションを購入し、引っ越してきた。


結婚する26歳までの12年間を僕はこの街で過ごしたので、26歳までその床屋に通っていた。



一番最初にその床屋で髪を切った時のことを、今でもよく覚えている。


14歳の僕は、当時中学2年生。


前の学校でサッカー部だったので、転校先の学校でも迷うことなくサッカー部へ。


前の学校のサッカー部は規律がほとんどなく、頭髪の制限もまったくなかったのだが、


転校したサッカー部は有無を言わせず、全員坊主(五分)刈り。


多少の抵抗を感じながらも、仕方なく駅前の床屋へ。


「坊主は楽なんだよね、バリカンで刈るだけだから。なんなら、自分でやる?!(笑)」


と、若きマスターに言われたことを鮮明に記憶している。


そんなことを思い出しながら、椅子に座り、老いたマスターに髪を切ってもらう。


目の前の大きな鏡に、48歳の自分の顔が映る。


14歳の自分の顔を思い出し、重ねてみる。


一重の細い目、高い鼻、小さな口。


顎の周りに付いた肉。刻まれた皺。



 - 20年ぶりなんですよ。


喉まで出かかったが、言わなかった。 


<カランコロン> 扉が開いて、小さな子どもとお父さんが入ってきた。


「いらっしゃい!」 変わらないマスターの声。


「あったかーい!」 子どものかわいい声。


懐かしさは自分の胸にしまって、このまま黙っておこう。


同じことを何度も繰り返ししたりされたりしていると、感覚が麻痺してくる。


初めは「悪いことをしている」とか「相手に申し訳ない」と思っていた感覚も、


繰り返すことでその感覚を失っていく。



小心者でお人好しだった人間が、その感覚に見舞われると、この上なく厄介だ。


自分の知らないところで「いい人」「誠実な人」のレッテルが貼られている。


マイナスのイメージではないので、当人はそのレッテルが剥がれないように努力をする。


でも、自分ではどうしようもない状況になると、ものすごいジレンマに陥る。


「誠実な人」が、誠実でいられなくなる。


「誠実な人」の仮面を被って、「不誠実」なことをする。


心の中で「嫌だな」と思いながら、その思いもやがて麻痺していく。


いっそのこと「悪い人」「不誠実な人」になれればいいのだが、中途半端になりきれない。


麻痺した感覚が、次の麻痺を呼ぶ。


麻痺の連鎖。



覚醒のときを信じて。