映像は文字を越えられない、と勝手に思い込んでいるので、映画はあまり観ません。


月に1本観ればいいほうでしょう。


なので、好きな作家はいますが、好きな映画監督はいません。



『東京家族』 を観ました。



冒頭のような感じなので、絶対に観ようと決めていたわけではありません。


名作と言われている小津安二郎監督の『東京物語』の山田洋次監督版であることも


知っていましたが、『東京物語』も観ていません。



久しぶりに、いい映画を観たな、と素直に思いました。



私たちの日常生活の中で、それほど劇的で刺激的なことはありません。


でも、ちょっと首を左右に降れば、体罰で死を選んだ子供や隣国での核実験のニュース。


いったんは考えるけれども、またすぐに日常の生活へと戻っていく。


そんな日常をとても丁寧に描いている映画でした。



「この国はどこかで間違ってしまった」 という痛烈なメッセージ。



母の、妻の、突然の死。



1年半前に突然義父を失った僕としては、涙を抑えることができませんでした。


スクリーンの中で、夫役の橋爪功さんが息子にポツリと言います。


「母さん、死んだぞ」



義父が亡くなったとき、臨終を告げられた義母は孫にポツリと言いました。


「じいじ、死んじゃったよ」



どうしてでしょうね?


つれあいを失った直後の当人は、泣かないんです。



今日2月14日は、世間一般ではバレンタインデーです。


でも、僕にとっては、義父の月命日です。


今日は、遠回りをして帰ろうと思っています。



以前も、1年くらいブログを更新していなかったときがあったように記憶している。


今回も、計ったわけでもなく、ほぼ1年間の空白。


自分のなかでは 「再開」 や 「気持ちをあらためて」 といった気負いもなにもない。



この1年のあいだに、いろんなことがあった。ありすぎた。


一介のサラリーマンから、会社代表に。


思い描いていた前途は、一歩踏み出すと茨の道に。


道を外れてしまおうと思ったことは、一度や二度ではない。


このまま眠り続けるのも悪くないなと思ったことは、一度や二度ではない。



それでも、ぼくは、ここにいる。



『じゅんの言葉(ことのは)』


誰かのために書くのではない。


ただ、自分のために、自分の言葉で、今の自分を残すことができたなら。

朝起きて、水で顔を洗う。


当たり前のようだが、周りに聞くと、意外と当たり前でもない。


ほとんどの人が、お湯で顔を洗っている。


なぜなら、冬は、水が冷たいから。


確かに、息子が使ったあとは、生温かい水が出る。


でもぼくは、あえて冷たい水で顔を洗う。


顔面の細胞という細胞が引き締まり、待ったなしで心身を目覚めさせてくれる。


そしてぼくは毎朝、ヘレン・ケラーの如く、「ウォーター!」と心の中で叫ぶのだ。


冬は寒い。 そして、水は冷たい。


当たり前のことを、当たり前のように忘れてはいけないような気がする。