【美術短大入学】

 

私は美大に通ったことで

好きなことをしている子達の中にいたことで

少しづつ、少しづつ自己肯定感ができたと

感じてます。環境がとてもよかったです。

 

いえ、

私がそう言う環境だと決めていたのです。

 

なぜなら、入った美大が気に入らなくて、

勝手に1年休学して芸大(東京藝術大学)を

目指そうとしていたから。

 

その時は、プライドが高かったんです。

芸大以外は美大じゃない。

父が学歴コンプレックスで東大東大と

言っていたので、私の中でもムクムクと

湧き上がっていました。

 

「絵の中で一番じゃなきゃいけない!

私はここにいる人間じゃない!」

 

けれど、

噂の予備校に通ったことで撃沈。

私には才能がないとすぐに気が付き

諦めがつきました。

 

そこでは、

自分の色のセンスが磨かれました。

色のセンスは誰にも負けないと

今でも思ってます。

 

そこからの23年間

友達に恵まれ、常に尊敬できる

大好きな友達と過ごしていました。

 

最初は親友以外は敵だ!

なんて思っていましたし

敵対しされていました。

強くなきゃいけないと思っていたので

辛かったです。

 

 

そこでも、綺麗な方々から

しかも集団で行動している人に

「独りでかわいそう」とか

椅子に蹴りを入れられるのは

日常茶飯事でした。

 

ですが、やっとやっとやっと

「蹴るのやめてくんない!」

って言えたのです。

憧れだったハッキリ物を言える

予備校の先生の言葉が浮かんだのです。

 

その子はビビってました。

 

その時に強そうに見えていても

自信があるように見えても

ビビるんだって初めて知りました。

 

別の子ですが

「あなた、私のこと嫌いだったでしょ」

「あんたもね」

なんて会話ができるほどになりました。

 

 

それまで、挨拶は出来なかったし

一匹狼。

 

そんな風になるのは

当たり前でもあったのです。

 

また、通っていた美大には日本画科はなく

苦手な油絵科だったため、耐えられず

日本画をやりたいと学部長に申し出たのでした。

 

イジメられ続けた自分がこんな事を

言えるなんてビックリなんですが

とにかく、油の匂いが苦手だったので

お願いしました。

 

すると、

「10人希望者がいたらいいよ」

と言って下さったのです。

それは、それは必死に探しました。

70人の子たちに声を掛けました。

 

案外、10人集まり

専攻科に日本画のコースができました。

ちょうど、専攻科を新設するタイミング

だったのです。

それまでには、時間が1年強あったので

水彩で受講する事が許されました。

69名が油を専攻する中、私一人、

水彩でした。

 

専攻科に入学する前に日本画の導入があり、

短大の卒業制作で日本画を選び

準短大賞を受賞しました。

 

嬉しかったです。

ですが、名の知れない美大。

と言いつつ、過去の栄光を

ずっと引きずっていたのでした。

 

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準短大賞受賞「夢に乗せて」日本画120号

 

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「BOSS」日本画80号

 

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「灯台」日本画 ?号 忘れちゃった

 

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何回かに分けて、ゆっくり

詳しくお伝えしていこうと思います♪

 

10。【子育て1〜】

9。【結婚】出産すべきか否か〜自分を見つめ直す子育て

8。【結婚】

7。【専攻科入学〜OL時代】

6。【美術短大入学】

5。【予備校時代の先生との出会い】

4。【中学〜高校生】

3。【中学受験失敗】

2。【小学生】
1。【赤ちゃん~幼少期】

 

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