ブームに溺れた任天堂?② | 気ままに生活。

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すっかりほったらかしてしまいましたが、ぼちぼちアップしたいと思います。
よろしくお願いします。


さて。
任天堂記事その2です。

↓こちらです。





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ブームに溺れた任天堂、浮沈のカギ握る「サービス化」②(日本経済新聞)


■任天堂の「閉じたプラットフォーム戦略」が弱みに

任天堂は伝統的にオープン性の低いプラットフォーム戦略を採ってきた。それは同社の「強み」であり「弱み」でもあった。

ハードとソフトの技術を社内で磨き上げ、うまくコントロールされた質の高いゲームをじっくりと時間をかけて完成させる。
それがブランドへの信頼性を生むと同時に、他社が自社のプラットフォームに容易に参入できないようにする敷居の高さを作った。
質が高くて安心な上、まねがしにくいゲームコンテンツ(情報の内容)を作ることに注力してきた。

SNSはその対極ともいえる「オープン型」のプラットフォームだ。
誰でも容易に参入でき、極めて安い料金・価格でゲーム体験をユーザーに提供できる。
ゲームに限らず、過去になかったコンテンツやサービスが次々に登場。
2000年以前には質の低いコンテンツが氾濫していた。
しかし検索技術や評価の仕組みが進化することで、消費者は自分が求めるものを探しやすくなった。
低品質のコンテンツは淘汰され、自然にヒットを生むキラータイトルが登場するようになったのだ。

プラットフォームは、量を絞って「質」を維持するよりも、バラバラの質であっても「量」を抱えている方が、ユーザーの多様なニーズにこたえられるという状態にシフトし始めているのだ。
厳しい競争の中で、完成度の低いコンテンツは消えていき、今までの常識にとらわれないような斬新なアプリやゲームが人気を博するようになった。

個別企業が独自にイノベーションをけん引し続けるのは難しい。
人員や資金など数々の制約の中で圧倒的な力を発揮するのは難しく、技術革新を起こすスピードにもおのずと限界がある。
それでも90年代までは「閉鎖系」の戦略が通用した。
だがそれ以降は、一社では集めきれない多くのコンテンツ提供者やソフト開発者を巻き込む「開放系」の手法が優位に立った。


■ブームを起こしながらサービス化戦略を採らなかった

結果論になるが、まさに任天堂の戦略的な過ちはそこにあった。
05~07年頃、同社は生活に密着したソフトの一大ブームを巻き起こした。
「ニンテンドーDS」の「脳トレ」「えいご漬け」「がんばる私の家計ダイアリー」や、「Wii」の「WiiFit」など、新しい入力方法や、斬新なハードを使ったゲームの楽しみ方の提案は、普段ゲームを遊んでいる人々とまったく違う層に受け入れられ、爆発的なヒットとなった。

だが、これは一時的な現象に終わってしまった。
1本1本のパッケージゲームとして販売されただけで、「サービス化」されていなかったためである。

ユーザーの生活に密着したソフトは当然、そのソフトのデータを継続的に利用・確認できるような仕組みが必要になる。
また、外部にデータを出力(表示・印刷)して加工できるようにする仕掛けも必要だった。
しかし任天堂はそうしたアプローチをとらなかったため、ゲームが「継続して使われる」ことなく「消費」されただけで、ブームは終わってしまった。

任天堂が手掛けなかったサービス部分は、現在、スマホやSNSが提供している。
例えば、運動ではスマホを使ってデータをネット上で管理する「RunKeeper」(無料で利用でき、細かいデータ管理をする場合には有料)がある。
もっと簡単なものでは、NHKの番組「ためしてガッテン」が提供している体重を管理する「ガッテンダイエットクラブ」(ブラウザー用、無料)がある。
これはほんの一例だ。無料もしくは安価で様々なサービスが登場している。


一度はDSで生活密着型サービスのブームを起こした任天堂だが、今のところ岩田聡社長か再強化策についての発言は聞かれない。
「ゲームに注力をして市場を活性化する」ことを目指しているのは理解できるが、かつて新たに掘り起こしたユーザー層は、確実に切り崩されつつある。


元記事
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……ちょっと長めの引用ですが。

要は、任天堂は新しいブームを巻き起こしたが、それを「サービス化」しなかったために一時的な現象に終わってしまった、と。
スマートフォンやら何やらは、その部分をサービス化したために今のところうまくいっているんじゃないか、とこういうわけです。

ですんで、任天堂もそういう方向にシフトしなければ、と。



書いていることはわかりますし、実際今はそのほうが売れるんじゃないかとも思うんですが。
ひとつのゲームをアペンドして課金させるというシステムが好きじゃないんですよね。

追加コンテンツはいいんですが、それでお金を取られると萎えるんです。
当然システム屋なので、追加コンテンツを作るにも相当な原価がかかっているのはわかりますし、売らないとそんなもんを作っている意味はないと思うんですけれど。



そこは、ユーザーからではなく別のところからお金をもらうといいんじゃないかと思うんですよね。

たとえば、「モンスターハンター」。
このゲームは、ダウンロードするクエストなどに企業が入っています。

追加装備がユニクロだったりとか。



これは確実にユニクロからお金が発生しています。
そして、ダウンロードは無料。

これで、ユニクロは相当数のユーザーに宣伝ができて、カプコンはさらにユーザーが増えて、ユーザーは無料で追加のクエストができて、と。
すばらしいシステムです。





やっぱり作りこんだシステムだと、ユーザーも増えると思うんです。
簡単に、質より量を意識して作られたアプリでは、そこまでは望めません。

確かに量を送り込めば、色々な層がいるわけですからまんべんなく当てることもできると思いますけれど。
前回のエントリーにも書きましたが、やはり「心に残るゲーム」にはなりにくいと思うんですよね。



……これは僕の考え方が古いからか……。(-"-;)





そして、任天堂のブームが「『消費』されて終わった、スマートフォンのアプリはそうじゃない」ではなく。
スマートフォンのアプリが「『消費』されて終わることに耐える数打ちで作られている」ということなんだと思うわけです。

任天堂が苦しいのは変わりませんけれど……。(-"-;)





もういっちょ続きます。