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ウィルソン株からは、再び山道です。
途中、『いま、会いにゆきます』のメイン写真にもなった杉の木をくぐります。
傘持って行ってませんでした。

その後、別名「絞め殺し植物」とも言われている「ヤマグルマ」を見ました。
ここ屋久島では、ヤマグルマは樹上に根を下ろす着生植物の代表的なものとなっています。
特に屋久杉の樹上で発芽し、成長するに伴って、その土台となった宿主を根で締め付け枯らすことから、こういう異名で呼ばれています。
ところでこのヤマグルマ、屋久島以外では地上に根を下ろして生長するようで、「絞め殺し植物」なのは屋久島でだけだそうです。
…とは言っても、このヤマグルマが屋久杉にくっついている様はなかなか怖いものがありました。
↓ヤマグルマが屋久杉に絡み付いて枯らせた結果です。

この地点から少し進むと、逆にヤマグルマの侵略から生き延びた屋久杉も見ることができました。
ヤマグルマは樹齢500年ほどで枯れるらしいので、そこまで持ちこたえれば屋久杉が勝つという方式みたいです。
…他にも、現在格闘中の屋久杉とかもありました。
勝負の結果を見るのは…500年後とかなのでムリそうですが。
あと印象的だったのが↓こちらの「メデューサ」と呼ばれる杉。

杉は一本の中核となる枝があるらしいです。
…で、それが落雷や風などで折れてしまった場合にはそこから上に伸びていくことが出来ず、他の枝は横に伸びるしかないそうです。
それでこんな奇っ怪な形になってしまうんですね。
不思議です。
そして「触り杉」と呼ばれる、登山道脇に立っていて誰でも触ることができる屋久杉や、
縄文杉が発見されるまでは「最大の屋久杉」と言われた「大王杉」、
そして2本の屋久杉が1本の枝を共有している「夫婦杉」というものがありました。
長い間生きている杉は、たまに枝がぶつかってしまいます。
そして、何とこの屋久杉、そのぶつかった枝を吸収してしまうんです。
まるで自分から生えた枝のような感じで。
…で、かなり大きな1本の枝を共有しているこの屋久杉を「夫婦杉」と呼んでいるんですが。
ちょっと太めの杉と、それに比べるとやや細めの杉がありまして。
前者を「夫」、後者を「妻」だと定義しているらしいです。
…ちなみにこの夫婦杉、共有している枝が一体元はどちらの枝だったのかというのには諸説あるそうです。
枝分かれの高さとしては、夫の方が上です。
…ただ、「雪の重みで枝が下向きに伸びた」とか色々言われており、結局どっちが先に手を出したのかは結論が出ず仕舞いだそうです。
…ところで、以前出てきた「拒絶反応」という現象。
吸収などで他の木が入ってきた場合、やはりそれを拒絶する働きがあります。
それで、その吸収された部分の周りがボコッと腫れたような状態になることがあるそうで。
これが「拒絶反応」です。
本来はこれを見てどちらが先か判断するんですが、この夫婦杉に関してはなかなか微妙な形をしているためにわからないそうです。
…もっと近くで見たらわかるような気もしたんですが…。
さて、ここから歩くことおよそ15分。
とうとう縄文杉に到着になります。

なんとなく、他の屋久杉にはない風格が漂っている…ような気がします。
形としては、江戸時代に伐採されなかっただけあって歪な佇まい。
「2500年~7200年」という曖昧な樹齢。
これには諸説あるそうです。
1966年。
当時屋久町役場の観光課長だった,b>岩川貞次氏により発見され広く紹介されます。
(※実際は「発見」と言っても「江戸時代に伐採されなかった杉」ですので、「再発見」というのが正しいですが…)
発見当初は発見者の文字を取って大岩杉と呼ばれ、「樹齢6900年」と言われていたそうなんですが。
その後新聞に掲載されたときに「樹齢4000年以上」という紹介のされ方をしてしまい、「縄文時代から生きている杉」ということでこの名前が定着したとされています。
岩川さんの発表した「樹齢6900年」というのも無視だったみたいです。
可哀想です岩川さん(;´Д`A
その後の調査により、幹の直径などから算出した「樹齢7200年」というのが「樹齢4000年」という定説に代わって定着しました。
…ますます可哀想です岩川さん(;´Д`A
「樹齢6900年」ってけっこう近かったのに…。
…ただしその後、この縄文杉は「3本の杉が絡まって1本になっている可能性がある」という新たな説が出てきまして。
前述した「拒絶反応」に見える箇所も存在するということで。
もしこの縄文杉が3本の杉で構成されているのなら、1本1本は樹齢2500年くらいだろうという説も出てきました。
しかし最近行われた成分検査の結果、「3本に見えるどの部分の木も同じ成分であるため、1本の木である」という結論が出たそうです。
…ですが、これも現在杉の幹自体は削ることができないので、落ちていた幹の成分ということで。
本当に正しい結果なのかどうかは微妙と言えば微妙です。
加えて、屋久島は鹿児島県南の海中に眠っている鬼界カルデラの噴火により6300年前に火砕流に飲み込まれ全ての森が焼かれたということなので、一体何が正しいのやら…?
ちなみに、屋久島のお土産には堂々と「樹齢7200年」と書いてあります。
ちゃっかりしてますね。
さて、そんな話をマキオさんから聞きまして。
しばらく写真を撮ったり休憩をして、再び来た道を戻ります。
お弁当はしばらく戻ったところで食べようということで。
散々歩いたんですが、まだ11:00過ぎです。
…まぁ、歩き出してから既に5時間も経っていたわけですが。
もう少し続きそうですので、また次のエントリーで…。
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