タイムパラドックスについての考察④。 | 気ままに生活。

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すっかりほったらかしてしまいましたが、ぼちぼちアップしたいと思います。
よろしくお願いします。


以前、「タイムパラドックスについての考察」という記事を書きました。


※以前の記事は↓以下を参照ください。
考察①
考察②
考察③



で、その記事にコメントを頂きまして。





ごんたれ様より。

「過去へ行ってその世界が別次元ということは、それは本当の過去にならないんじゃないですか?」





というものです。

今回は、コレについてワタシの思うことをかいつまんで書きたいと思います。

考えるの楽しいので。








まずは、パラドックスのおさらいをば…。



以下のような時間の流れを考えます。

(※横軸は時間です。右に行くほど未来です)



───B────A──→  (1)

───────────→ 時間



仮にA地点を2006年B地点を1976年としましょう。

ここで登場するのはノビタさん(仮)とノビスケさん(仮)です。

ノビスケさん(仮)は、ノビタさん(仮)の父親だという設定にします。

(※めんどくさいので「(仮)」は今後書きません)



そして2006年にいるノビタさんが1976年に戻り、まだノビタさんを作っていない状態のノビスケさんを殺すとします。

そうするとどうなるか、という問題です。



時間の流れが1本である場合だと、当然ノビスケさんは1976年に死んでしまったことになります。

こうなると、2006年にいるはずのノビタさんは初めから存在すらしないことになりますね。



では、2006年にいたはずのノビタさんはどうなるのでしょう?

当然、自分が生まれる前に父親が死んでしまったということになるので、ノビスケさんを殺した瞬間にノビタさんの存在は最初からなかったことになります。



…そうすると、ノビスケさんを殺したのは誰だということになるわけです。

ノビスケさんを殺す張本人が最初からいなかったことになりますから、ノビスケさんが殺されることはなくなります。

ノビスケさんが殺されないと、ノビタさんが生まれてくるわけで。

ノビタさんが存在すると、過去に戻ってノビスケさんを殺すわけで…。



要するに、この矛盾がタイムパラドックスというやつです。








さて、これを回避するには。

ノビタさんが全く別の次元に飛ぶ必要があると思います。

つまり、こういうことです。



────────A──→  (2)


───────────→ 時間



この(2)も横軸も時間です。

ですが先ほどと違うのは、このA地点(2006年)からノビタさんが過去(1976年)にタイムスリップするんですが、「この時間直線上の1976年」には移動しない、というものです。

つまり、ノビタさんはこの2006年のタイムスリップを最後に、この次元から完全にいなくなるということです。

出発点からすると、タイムスリップしたとしてもそれは「歴史上の事実」であり、変化ではありません。

「ノビタさんが2006年に消える」という事実が歴史上の流れとして存在するだけです。





では、どこに行くのかというと。





まず、ノビタさんを主観とした時間の動きを示したいと思います。



───B────A──→  (1)

───────────→ 時間



ノビタさんがA地点(2006年)からB地点(1976年)に移動したとして、ノビタさんが体験する時間の流れは以下のような感じになります。



───B────AB’──────→  (3)



分かりにくいかもしれませんが、A地点(2006年)のすぐあとにB地点(1976年)が来ている形です。

ノビタさんは「過去に来た」と思っていますが、実際は過去をコピーした別の地点に来ているという感じです。

この、2006年よりあとに来るB地点を、仮にB’地点とします。

そして、同じ1976年でも、B地点とB’地点はノビタさんがいる分だけ別物です。



で、このB’地点でノビタさんはノビスケさんを殺すわけです。

すると、ノビタさんからするとこのB’地点以降は「改変された1976年以降」という風になりますが、

実は「ノビタさんが生まれる過去(B地点~A地点まで)」も存在するため、ノビタさんの存在が消えることはありません。

ですので、ここではタイムパラドックスは起こらないということになります。





時間直線上に無理矢理ノビタさんの移動軌跡を書くと、以下のようになります。


───B────A
   ┌─────┘
   B’──────→  (3’)


───────────→ 時間



見てもらえば分かるように、これでは「1976年」と時間を指定しても2つの点が存在することになってしまいます。

(A地点からB’地点までの移動は一瞬として考えないこととします)



こういうわけで、この(3)の地点を一意に定義する新しい横軸が必要になるわけです。

(3)は、時間が横軸ではないですから。

「ノビタさんの体感時間」ともいえますが、ノビタさんがこの世界で絶対の存在ではないですので、別の名称がいるわけです。



───B────AB’──────→  (3)

─────────────────→ 五次元軸



で、「考察③」ではこれを「五次元の軸」として扱ったわけです。





この五次元の軸を遡ろうとすると、同じ理屈で六次元に行くことになります。

(これに関しては説明が重複するので割愛します)





…何だか考察③を言い換えただけのような感がありますが、ちょっと今回の方が話を整理できた感じです。








そして本題。



ごんたれ様の

「過去へ行ってその世界が別次元ということは、それは本当の過去にならないんじゃないですか?」

という質問には、



「本当の過去ではない」

という回答になると思います。



ですが、ノビタさんが存在する以外はまったく同じ過去のコピーということになります。

少なくとも、ノビタさんにとっては「そっくり同じ過去」であるので、コピーだとは思わないんじゃないですかね。



さらに言うと、時間は絶対的なものではありませんので、時間を絶対の尺度にするのは微妙です。

(↑これは「相対性理論」に基づきますが、詳しい話はまたの機会に…)