『目に映るすべてのことはメッセージ』
「未来から要請されて今この場に集まっている」
ということを自覚することによって、初めてメッセージを認識できるのだと思います。
まといのば本家主宰のブログ記事を引用します。
キリスト教における最大の教父とされるアウグスティヌスはその回心の契機となったのは、隣家の子供の他愛もない歌のような言葉でした。
すると、どうであろう、隣の家から、男の子か女の子かは知らないが、子供の声が聞こえた。そして歌うように、「取って読め、取って読め」と何度も繰り返していた。わたしはすぐに顔色をかえて、子供が何かの遊戯に、このようなことを歌うのだろうかと一生懸命に考えてみた。しかしそのような歌はどこでも聞いた覚えはなかった。それでわたしは溢れ出る涙を抑えて立ち上がり、わたしの聖書を開いて最初に目にとまった章を読めという神の命令に他ならないと解釈した。
(アウグスティヌス「告白」岩波文庫 上巻)
(まといのば本家主宰のブログより引用)
隣の家から、男の子か女の子かは知らないが、子供の声が聞こえた。そして歌うように、「取って読め、取って読め」と何度も繰り返していた。
子供の声を「神が与えてくれたもの」であると自覚したことが回心の契機となりました。
アウグスティヌスも神に懇願した後で、神の命令を認識できたように、
「意図」があって、「ゴール」があって初めて認識できるのだと思います。
神が子供の姿を借りてアウグスティヌスにメッセージ(神の命令)を投げかけたように、
最高の未来の私が、先生やメンターの言動を借りて今の私(のTCZ内)にメッセージを投げかけている。
そう考えると、目に映るすべてのことが未来の自分からのメッセージであると捉えることもできると思います。
「未来から要請されて今この場に集まっている」
ということを自覚したうえで
最高にリラックスして能力を発揮できる領域の内で一人一人が熱を上げていく。
熱を上げていくために、
動き出す許可を自分に出すことが大切だと思います。
熱を上げる行動、傍観者としてでなくプレーヤーとして生きる許可は自分にしか出せません。
Jimmy carrさんのアドバイスがとても胸に響きます。
関連して、Jimmy carrさんのアドバイス!
「今日、希望していた職につけなかった("I didn't get my dream job today!" )」という21歳の青年へのアドバイスです。
自分に仕事をする許可を与えよ、と。
花束を受け取るのを待つのではなく、自分の庭に植えよ、と。
Don't wait to be brought flowers,
plant your own garden.
(まといのば本家主宰のブログより引用)
(日本語訳の動画もぜひ。)
動き出すときは真似事から始めてみましょう。
馴染んできた!で良いのです。
まといのば本家主宰のブログ記事を引用します。
最初は真似事でも良く、そしてずっと真似事で良いのです。
ただどんどん洗練された真似事になり、脳内のネットワークが強化されるのです。意識的に賢くなるというよりは、無意識のネットワークの強化です。繰り返し自転車に乗っていると、上手になっていくのと似ています。
真似が本物になるのは、近似解が厳密解になるのではなく、近似を続けていて、ネットワークが強化されて、自律的に動き出す瞬間です。新しい創造性を生み出すときです。でもそれは「真似事」であり、「近似解」でしかないのです。
(略)
近似の近似の近似でより本質に近づこうとする態度こそが重要で、厳密な点を見つけることには意味がはありません。第一にそのような点が原理的に存在しないこと(が分かっていること)、第二にそのような点を厳密に見つけたと確信する人々の末路を我々は良く知っていることが理由です。
真似事で良く、Fake itで良く、Stealで良いのです。
(まといのば本家主宰のブログより引用)
全体像は見えなくても向かうべき方向は分かる。
近似の近似の近似でより本質に近づこうとする態度こそが重要で、厳密な点を見つけることには意味がはありません。
ゴールは現状の外にあるのでリアルには思い描けません。ですが、向かうべき方向は決めることができます。
その方向にいる理想の人を真似ることによって、
よりゴールに近づいていく。
情報空間ではコピーがオリジナルになります。
最高の未来から見た今あるべき姿に馴染んでいきましょう!
追記
Khronos Hiroさんがより詳細に書かれています。
(Khronos 未来を着る人ブログより引用)
(単なる真似ではなく『臨場感を真似る』という点がとても重要だと思います!)
今回も読んでくださりありがとうございました。




