私は札のかかっている扉を見つめた。札のチェーンが見えるだけでCLOSEDの文字は、こちら側からは見えない。

『星良ちゃんに連絡してよ』

 先ほど出入りした数真の影を追う。

(喜ぶべきだ)

 そう思うのに。

(喜ばなければならない)

 そう思うのに。

(何でだ?)

 自分は他人の不幸を望んだりしない。幸せだ、と笑う誰かがいたなら一緒に喜べる。

(それなのに)

 今の私はどうだ?

 喜ばしいはずなのに、世界が澄んで見えない。きらきらと輝いて見えない。

 喜ぶべきだ、と思う。同時に「寂しがるべきだ」と思う自分がいる。

 両親亡きあと、至らないところはあったと思うが、自分が父であり母であった。

 青葉をはじめ助けてくれる人もいるが、兄妹三人で手を取り合って生きてきた。

 その妹が結婚する。

 決まったわけではないが、わざわざ「会って欲しい」と身内に紹介する相手だ。

 将来をともに歩もうとしている人だろう。

(喜ぶべきだ)

 妹がそう思える相手と出会えたこと、相手も妹を同じように思っていること。
 兄として喜んでやるべきだ。

 家族として淋しいと思うべきだ。

(それは、)

 正しい感情なのか?

 若葉も、青葉の気持ちに気付いているのだろう。だから辞めずにサボらずに、ちゃんと勤めている。

(青葉は、もしかしたら、)

 後々、若葉に店を委ねる気なのかもしれない。

 青葉から聞いたことはないけれど、身内に任せたいと思っているかもしれない。

(若葉もこのまま、)

 今はまだ学生だけれど、このままアルバイトから就職するかもしれない。

 そうできれば青葉も安心だろう。

 私は若葉を眺める。

(あぁ。青葉も、)

 弟の手を握っているのだ。

「なに?」

 私の視線に気付いて顔を上げる。

「でかくなったなぁと思って」

 若葉はふいっとそっぽを向く。

(お? 照れた?)

 思いの外、可愛らしい反応に口元が緩む。

「そんなことより早く準備しないと」

 若葉は私の方を見ずに、早口に言う。てきぱきと動いて開店準備を進めていく。

 若葉は首を傾げるだけで追及しない。

『下手に隠すから気になるのよ』

 星良(セイラ)の言葉だ。

 どちらかといえば思ったことを口にしてしまうタイプだから、気になることは気になると、言葉にする。追及してくる。

 それでも長じてからは友人や他人と家族とを、わけて口にするようにはなったけれど。

 子どもの時は、それで友人とケンカをしていたな。

 その時に言ったんだ。

 私は若葉を盗み見する。彼は手際よく開店準備をしている。

 慣れたもので、この店で私の次に古株は彼だ。

(よく、まぁ……)

 少し前までヤンチャをしていた。その時の若葉も知っているだけに、成長が嬉しい。

(青葉に任された時はどうなるかと思ったケド)

 基本的に店のことには口を出さない青葉が「弟を使ってくれ」とわざわざ頼んできた。

 目の届くところに置くためだ。

 店の方だったのは若葉が逃げ出さないからだ。兄である青葉より、私のもとなら逃げ出せないからだ。