妹を、星良を信じている。信じているはずだ。

 ならば彼女が連れてくる者が悪い人の訳がない。ないはずだ。あってはならない。

 私は「良い兄」であろうと、自分を取り繕おうとしているだけなのだろうか。

 喜ぶべきだ。
 淋しいと思うべきだ。

 それは己の感情ではなく、世間一般ではそのように聞くから、そう思わなければならない。それが兄として、家族として当然の感情だ。

 それが正しい、と。

 だが、それは。

(違う)

 それは私の感情ではない。

 否。私の感情ではある。あるが、一部でしかない。

 他人の目を気にした感情だ。

 他人がそう思うから自分もそう思うという、まやかしだ。

 世間という、他人の目を気にしている。

 私自身の気持ちや妹の将来などというものは置き去りになってしまっている。

 外から見た自分だけを気にしているに過ぎない。

(違う)

 そんなことはないと、否定してみたところで。

 考えてしまっている、その事自体が証明しているではないか。

 そう思えてしまう。

 尊敬される兄でいたい。

 軽蔑されたくない。

 そんな風に思うことは、思えてしまうのは、自分のことを考えているからではないのか。

 妹の未来や幸せを考えているのではない気がしてしまう。

 自分がとても浅ましく思える。

 妹の将来を、未来を、幸せを。

 願っているはずなのに。
 望んでいるはずなのに。

(はず、なんて)

 おかしいだろう?

 願っているはず、望んでいるはず、なんて。

 それでは本当は、望んでいないようではないか。

 私は、心の奥底では、または片隅では、願っていないのだろうか。望んでいないのだろうか。

 だから必死になって妹の幸せを願っていると自身に暗示をかけるように言い聞かせているのだろうか。

 良い兄を、良い家族を演じようとしているようだ。

 星良と数真と、決して仲の悪い兄弟ではない。仲は良い方だろう。

 だから演じている訳ではない。

 じゅうぶん仲は良いのだ。

 あぁ、それならば。

 何故、私はこんなに迷っているのだろう?

 喜ぶべき、淋しがるべき、なんて。

 そもそも自らの内に湧いてくる感情か?

 己から発露されたものではないように思えてしまう。

 己の感情か疑わしく思えてしまうから、揺れる。気持ちが安定しない。

 自分の気持ちが定まらないから。

(会うのが怖い)

 もし星良が伴侶として選んだ相手ならば、闇雲に反対したくない。批判、批評なぞしたくない。

 だが。彼女がこの先、苦労しかしないだろうと思えてしまう相手ならば賛成できない。

 初対面でそこまで見抜けるとは思えない。

(思えないけれど、)

 否、思えないからこそ。

 私は、相手を品定めしてしまうだろう。それを星良に、妹に見られたくない。。

 私が他人を品定めしている姿を、見られたくないのだ。

 私は星良の「良い兄」でいたいのだ。

 誰かに、何かに、偏った意見を持つ姿を見られたくない。それは綺麗事だと解ってはいても。

 できうる限りは誰にも見せたくない。まして身内ならば尚更。

 私は、尊敬される兄でいたい。