青葉は「ふぅん」とこぼす。

 弟がモテることが嬉しいのか、それとも悔しいのか。どちらとも判断のつきかねる声音だ。

 あぁ、それとも。思いがけないところで小さな弟の成長に戸惑っているのかもしれない。

 その戸惑いは、判る気がする。

 沈黙が流れる。それを破るのは、たいてい青葉だ。

「尚真(ショウマ)」

 気付けば視線が手元に落ちていた。意識して顔を 上げ、友人であり雇い主でもある男の顔を見た。

「何、」

 少しキツイ言い方になってしまったのは、彼が口にする言葉を聞きたくないからだろうか。

 青葉は気付かないのか「こっちの台詞だ」と拗ねたような顔をした。

 若葉の「じゃあ、お疲れ様」という声に「お先に失礼します、だろう」と青葉の注意。

「ハイハイ。お先に失礼します」

「まぁいいか…お疲れ様。ちゃんと家に帰れよ」

 若葉は返事をしなかった。

「アイツまた…!」

「何。若葉、家に帰ってないの?」

「どうも友達の家を渡り歩いてるっぽいんだよなぁ」

 青葉がため息混じりにこぼす。

「相手の家にも迷惑だろうに」

 ブツブツ言いながら青葉が中に入って来る。

 彼はカウンターに腰掛けると、コーヒーをふたつ淹れるよう言われる。

「仕事の話?」

 青葉は「それもある」と否定はしない。

「最近、売上も良いしバイト増やすか?」

 私はカップにコーヒーを注ぐ。注ぐ時には茶色くも見える色が白いカップの中では黒に見える。

 最近、店に来る顔ぶれを思い起こす。

「今は、要らないと思う。若葉目当てのお客様だし。このまま続くなら別だけど、様子見かな」

 カップを青葉の前に出しながら答える。彼は「ふぅん」とカップを受け取る。

「え? 何、若葉目当て?」

 口に運ぼうとしたカップを置く。

「モテるんだよ、若葉は」

 青葉は少しだけショックだったようだ。

(子供だと思っていたのになぁ)

 いつの間にこんなに大きく、大人になっていたのだろう。

 ある日ふと、成長していることに気付かされる。

 話し声。

 裏口をのぞくと青葉(アオバ)と若葉(ワカバ)が兄弟でじゃれ合っている。

「ちゃんと働いてンだろうなぁ」

 青葉が若葉の頭をぐしゃぐしゃと揺らすので若葉が「止めろ」と怒っている。

「ちゃんと働いてるわ。あお兄こそ、ちゃんと働いてンのかよ」

「失礼な。働いてるわ」

 青葉と若葉の遠慮のないやりとりが少しだけ、羨ましくなる時がある。

 星良(セイラ)と数真(スウマ)と、仲が悪い訳ではない。仲は良い。

 ただ青葉たち兄弟と自分たち兄弟を比べた時、青葉たちのような距離の近さがない気がするのだ。

 だから青葉たち兄弟のやりとりを少しだけ羨ましく思ってしまう。

 そう思ったところで、自分は青葉のようにはなれないし、数真に若葉のようになれとも思わない。

 星良に至っては……こちらが言おうものなら倍にして言い返される。

(うん。ウチは今のままで良いかな)

 結局、結論は同じなのだ。

 それでも時々、青葉たち兄弟を羨んでしまう。