『別々の人間で別々の人生』

 言われなくても『ちゃんと』理解している。

 混同なんてしていない。

(今さら、言わないで)

 わたしは紫藤の、すでに見えなくなった背中を見つめていた。

「佐倉(サクラ)先輩、」

 水藍の声で振り返る。

 北棟で桐島と話していた少女が手を振っている。

 桐島より頭ひとつぶん小さい。屈託のない、明るい笑顔。そのせいか、いつも年下に見られている。

 小柄で童顔というのが一番、大きい理由なのだろうけど。

「佐倉先輩も桐島先輩も、どこの大学を志望しているんだろう?」

 水藍が小さく呟く。

「違う大学だよね、やっぱり」

「そうだよね」

 残念そうにこぼす。

「やりたいことが違ったら、違っちゃうし」

「学部違いって場合もあるケド」

 わたしは「そうだね」と応える。

 同じ大学だったとしても落ちてしまったら、結局、別々だ。

 今と同じように、同じ校舎には通えない。

 水藍は紫藤を見た。

 彼は水藍を見てからわたしを、そして、また水藍に視線を戻した。

 困ったように小首を傾げて、ちらりとわたしを見た。

「大丈夫です」

 わたしは水藍の腕に手を掛け「ちゃんと解っていますから」と紫藤の視界に入るよう動く。

 水藍は、わたしが触れたことで緊張を解く。

 紫藤はわたしと水藍を見比べ「解っているならいい」と口元だけで笑う。

「じゃあ、明後日までに出すように」

 彼はそう言い置いて去ってゆく。

 彼が見えなくなって「何、言っていたの?」と水藍はわたしを見つめた。

 わたしは微笑を浮かべ「何かしらね」と答える。

 水藍はほっとしたように小さく息を吐く。

 紫藤は、彼が言いたいことが水藍に伝わっていないことに気付いていた。

 そして、わたしには伝わっていることに。

 それは。

(違うわ)

 水藍は、本当は理解している。

 理解しているのに、しようとしていないだけ。

 わたしは、水藍が望むようにしたいから曖昧に答えた。

 紫藤がそれを危ぶんでいると気付きながら。

 どうして彼はわたしたちを似ていると思うのかしら。

「進路希望表は明後日までだぞ」

 担任に渡すように、と続けた。

「はい」

 彼は考えるようにわたしたちを見比べた。

「先生、何か?」

 水藍が少しだけ身体を強張らせた。

 そっと足の向きを変える。心持ち、わたしの前に出る。

(水藍、)

 水藍は彼が苦手なようで、副担任というのに距離を置いている。

 彼もまた、水藍が苦手なようで。ただ彼は大人で、教師という立場からか、近過ぎず遠過ぎずの距離を測っている。

 それは、わたしだけでなく水藍も感じているようだけれど。

「進路希望なんてまだ早いと思うかもしれないが、」

 彼はわたしたちを見比べた視線を北棟に向ける。

 わたしと水藍も視線を向ける。

 桐島たち上級生が話している姿がまだ見えてる。

「時間なんてあっという間だ。ちゃんと考えなさい」

 紫藤は「別々の人間で別々の人生なんだから」とつけ加えた。