水藍は「先生も、」と言いかけて口を閉じる。

「水藍?」

「先生は、あっという間だった時間を悔いているのかな?」

 首を傾げる。

「やけに実感がこもっていなかった?」

 わたしは「そうね」と相槌を打つ。

「大人だからね。今になって思うと……ってことが、たくさんあるのかも」

 わたしにだって、水藍にだって、後悔していることがどこかにある。

 紫藤はわたしたちよりも年上で、人生を重ねている分、わたしたちより多くあるのかもしれない。

 水藍が、そんな風に紫藤を気にするところは見たことがなかった。

 友人達がどんなに茶化しても絶対に乗らない。

 茶化すから乗らないのかもしれないけれど。

 友人達の前では、紫藤の話も海の話も避けている。

 わたしには『避けている』ということが、むしろ意識しているようで気になっていたけれど。

 わたしは、水藍に指摘したことは一度もない。

 わたしは水藍を盗み見る。

(水藍は海先輩のこと、どう思っているんだろう?)

 もし、水藍の気持ちが海にあるのなら。

 その時は、わたしは反対なんてしないのに。

 海が水藍に構うのは、正直、嫌だ。

 それは、彼が本当に水藍を見ているのか疑問だからだ。

 彼は水藍に『誰か』を重ねて見ているのではないか。

 わたしには、その疑惑が常にある。

 わたしは水藍と従姉妹だけど、彼女の親友でもある。

 水藍が傷つく姿は見たくない。

「いないんだね」

「え?」

 水藍の話を聞いていなかった。

「いや、だからさ、」

 彼女は「来年にはいないんだよ」と北棟を指差した。

 正確には桐島たちのいたところを。

「さっき紫藤先生が言っていたでしょう?」

一年後、と続ける。

「一年後……来年の今頃には、きっと、別の先輩たちがあそこにいる」

 そして、その次の年にはわたしたちが、そこから見ている。

 今度はわたしたちが南棟を見ている。

 水藍の「あ、」と掠れた声。

 北棟では桐島たちが友人を招いている。

 桐島よりも上背がある。ガッチリして見えるのはスポーツ選手だからだろう。

 細身の桐島が華奢に見えてくる。

「海(カイ)先輩、」

 こぼれた。

 わたしは水藍を盗み見た。

 そして、また北棟を。

「海先輩も、どこに行くんだろうね」

 彼は水藍を見て、一瞬、固まった。それから、ぎこちない笑顔を作った。

 彼は水藍を見て緊張する。

(前はそこまでじゃあなかったのにね?)

 水藍は気付いているのかいないのか。

「時間なんてあっという間だって、」

 水藍は北棟を見たままだ。

 北棟の桐島たちを見つめたまま。

 彼らは手を振ってから奥に消えて行き、見えなくなった。

(海先輩、)

 彼は一度、振り返って水藍を見た。

 けれど、それだけ。

 水藍も、ただ見ているだけ。

 互いに、特に何かしら反応するわけでもない。

(水藍はちゃんと解っているかしら?)

 彼が振り返った理由、水藍を見ていたわけを。

 水藍は漠然と眺めているだけに見えて、少しだけ……ほんの少しだけ、彼を哀れに思った。