わたしは海の手から自分の手をするりと抜く。

 彼は振り返って首を傾げる。

「本当、どうしたの?」

 わたしは首を横に振る。

 海は困ったように溜め池を吐く。

「水藍は、いつも、」

 わたしは思い出している。彼女の輪郭、彼女の声。彼女の手。

「水藍はいつも、わたしの手を放さずにいてくれて、」

 子供の頃、泊まりに来た彼女と手を繋いで寝た。雷が怖いと怯えるわたしの手をずっと握ってくれた。

 女の子たちからハブられてしまった時も、祖父が亡くなった時も。

 水藍はわたしの手を握っていてくれた。

 わたしは己の手を見つめた。

「それ、」

「え?」

 顔を上げる。海(カイ)は戸惑っているような表情を浮かべている。

 彼は「それ、水藍(スイラン)もやっていた」とわたしの手を示す。

「自分の手を見ていた」

(水藍が?)

 それは。

 水藍が見ていたものは、彼女が掴めなかった誰かか。それとも、手の中にあるものか。

 彼女が見ていたものは、どちらだろう?

 海は「菖蒲ちゃん、どうしたの?」と焦ったような声だ。

 わたしが俯いてしまったからだろう。

 傍(ハタ)から見たら、先輩が後輩をイジメているように見えてように見えてしまうのかもしれない。

 けれど今のわたしには海を思いやれる余裕なんてない。

「菖蒲ちゃん、」

「白鳥(シラトリ)?」

 その声は探して求めていた人物のものだ。

「と、幸村(コウムラ)?」

「紫藤、先生、」

 海は安堵したように、息と供に吐き出した。

「どうした?」

 紫藤の足音が近付いて来る。

「幸村、どうした? 気分でも悪いのか?」

(気分、)

 気分は、すこぶる悪い。

 わたしは俯いたまま口唇を噛んでいる。

 口を開いたら、何を言うかわからない。口を開いても、何を言えば良いかわからない。

「幸村、」
「菖蒲ちゃん、」

 二人の声が重なる。

 目眩がする。ぐるぐる同じところを回っているような、嫌な感じだ。

 首を横に振る。

「幸村、ちょっと保健室で休んでいなさい。白鳥、連れて行って」

「あ、ハイ」

 海は紫藤の指示に従い、わたしの手を引く。

 わたしは引かれるまま、彼について行く。わたしの手を引く彼の手が視界から外せない。

(手を、)

 わたしの手を引くのは、いつも水藍だった。

 海の言葉が刺さる。

 紫藤と、同じようなことを言う。

「どうして、」

 声が掠れる。

(わからなくなっていく)

 混乱していく。

「閉じ込めているのは、わたし?」

 水藍が望むように、好きにさせているはずなのに。

 彼女が『騎士(ナイト)』なら、わたしは『姫』でいなくてはならない。

 『騎士』は必ず『姫』の傍らにいて、彼女を守る。同時に、彼女がいるから『騎士』でいられる。『姫』であれば『騎士』を守ることもできる。

 それなのに。

「菖蒲(アヤメ)ちゃん?」

 海は「大丈夫?」とまた口にした。

 わたしは首を横に振る。

 水藍は友人の言葉に躊躇った。隠したって、わたしには判る。

 わたし自身が気付いているから。

 わたしと水藍は別々の人間で、別々の人生…それぞれの人生を、未来を思い描くべきだ。

 やりたいことが同じではないなら、同じ道は行けない。

(それなのに、)

 海は「水藍の世界を狭くすることはできない」と言った。

 わたしは気付きながらもまだ、彼女と自分を同一視しているの?