彼は「ありますね」と困ったような微笑を浮かべる。

「これ、」

 彼は自身の足をさする。

「痛くはないんですよ、もう」

でもね、と繋ぐ。

「事故の時の激痛で目が覚める。痛みがする気がして眠れない」

 彼はわたしを見てから天井へと視線を送る。

 彼が見たものは天井ではなく。

「君たちくらいの時に事故に遭いまして。もう、ずいぶん経ったというのに」

 彼が見たものは、自身がまだ十代だった頃。怪我を負う前の、自身が学校で過ごした生徒時代。

「後悔ですよ」

 彼はわたしに視線を戻す。

「当時の自分はあまり褒められた生徒ではなかったので。あの頃のことは、後悔することが多すぎるんです」

 彼の過去に触れてしまって少し後悔している。

 彼は、話したくなかったのでは? 人に…他人に話すつもりは、なかったのではないだろうか。

 それを暴くような真似をしてしまった。

 ぼやけた視界。

 ゆらゆらとカーテンが揺れて見えるのは風なのか、寝惚けているせいなのか。

 小さく咳き込む。

「大丈夫ですか?」

 カーテンの向こうから保健医の声がした。

 わたしはベッドに座り、少しだけカーテンを開ける。

 保健医は振り返り「どうですか?」と体調を聞いて来る。

「少し、楽になりました。ありがとうございます」

「何か心配事ですか? 夜、よく眠れないですか?」

 ドキリとした。

 同時にそんなに爆睡していたのかと恥ずかしくなる。うたた寝程度だとばかり思っていたのに。

「先生も、」

 彼は少し首を傾げて、わたしの言葉を待っている。

「先生にも不安で眠れなかったり、悪夢を何度も見てしまうことってありますか?」

 彼は目を開いて、ふと逸らす。一度、瞼を下ろす。

 彼の睫毛が揺れて見えたのは、気のせいだろうか?

 夢の中の『わたし』はそんなにも『彼』を慕っているのに。そうして『彼』も『わたし』の気持ちに気付いているのに。

 彼女を疎ましく思うから拒絶し続ける。

 わたしは『わたし』だから『彼』の感情は測れない。

 それでも思うのは『彼』は彼女を憎んではいなかったんじゃないか。

 疎ましく思っても、憎んではいなかったと思う。

 彼女は、憎まれていると思っていたみたいだけれど。

 うたた寝程度の、浅い眠りなのに。時間にしたら短いはずなのに。

(どうしてこんなに長いの、)

 どうしてこんなに泣きたくなるのだろう?

 彼女の感情に引き摺られて、わたしとの境界が曖昧になる。

(違うわ)

 逆だ。

 わたしはわたしに戻ってゆく。わたしと『わたし』が離れてゆく。

 輪郭が曖昧なのは、わたしが見ている世界の方だ。

 クリーム色のカーテンがふわりと揺れた。