「誰も求めていない」

 口にしてしまってから不安になる。

 水藍(スイラン)も求めていなかったら?

 彼女が求めているわたしは『姫であるわたし』だけなのだとしたら?

 わたしの居場所は、ますますなくなる。

 保健医は手を止めている。ジッとわたしの言葉に耳を傾けている。

 沈黙が流れる。彼は、話の続きを待っているのだろうか。促すでもないし、そんな感じはしないけれど。

 やがて。

「自分は?」

 彼は口を開く。

「え? どういう?」

 彼の意図が解らず聞き返す。

「君自身が、本当の君を求めていますか?」

 言葉に詰まってしまう。

 わたしは、ちゃんとわたし自身を認めてあげていただろうか?

「みんな何かしら演じているのではないですか? 例えば自分は話のわかる、人の好い保健室の先生」

 彼は自分を示す。

「昔はやんちゃをして、今も地元には帰り辛い」

 彼はまた「内緒ですよ」と肩を竦める。

「折り合いをね。つけて行くんですよ、きっと。誰も彼もが『本当の自分だ』なんてやっていたら上手く廻っていかないんじゃないですか?」

カオスですね、と唸る。

「全部が全部、求める通りを演じる必要はないです。対人、対自分に折り合いをつけて行くんです、きっと」

 わたしが「折り合い、」と言葉をなぞると、頷いた。

 わたしの、と口を開く。

「わたしの友達は、本当は水藍(スイラン)だけなんです」

 その水藍は身内でもあるけれど。

「友人たちは、本当はみんな水藍の友達なんです。水藍の友達だから、わたしとも仲良くしてくれるだけ」

 本当はきっと、わたしのことが嫌い。水藍がいなければ子供時代女の子たちみたいに、わたしを無視するだろう。

 わたしの何かが彼女たちの神経に触ってしまう。

「男の子は? 好かれているように見えますが?」

 わたしは首を振る。

「みんな本当には好きじゃない」

 先日、見かけた桐島と佐倉の姿。佐倉が話している時の、桐島の目が柔らかい。

 海(カイ)だって。

 水藍を見て一瞬、怯むのは緊張するせいだ。水藍からの視線を気にしている。彼女の名を呼ぶ時の、微かなトーンの違い。

 わたしは、そんな目で見られたことがない。そんな風に、名を呼ばれたことはない。

 結局「違う」と言われて、傷つくだけ。

 わたしは水藍のためだけに、お姫さまを演じている。彼女が『騎士』(ナイト)でいるために。

「誰もわたしを求めていない、」

 わたしは一体、どこにいる?

 彼はわたしを見て微笑む。

「他の人には内緒ですよ」

 わたしは首を縦に振る。

「約束です」

 思わず「ふっ」と笑ってしまった。

 彼は「何です?」と首を傾げる。

 発言や仕草がとても子供っぽく見えて笑ってしまった。わたしよりもずっと大人なのに。

 彼はわたしのクスクス笑いを止めず「何だかなぁ」と呟いて、机に向かう。

「女の子は難しいです」

 ため息混じりだ。

 わたしの心はすぅっと冷えた。

「わたしには、」

 彼が振り向く。

「わたしには、女の子も男の子も難しいです」

 ベッドの縁、掛け布団を握りしめる。ぎゅっと口唇を閉じる。

 彼は何も言わず、黙々と書類仕事をしている。カリカリとボールペンの動く音が聞こえている。

 わたしが話すのを待ってくれているのだろう。