わたしは彼を見る。
「わたし、」
聞こえない、とは言えない。聞こえる気がするから、聞こえないとは言えない。
首を振る。
その仕草に意味があったわけじゃない。むしろ何もない。
わからないから、子供が駄々をこねるような仕草になってしまったのだ。
「わたしには、」
また口を噤んでしまう。
言いかけては止めている。
本当は何を言いたいのか。
「君には、聞こえているはずですよ」
それに、と続く。
「誰の音かも知っている」
彼は言い切る。
わたしは口唇を結んだまま開かない。
彼はわたしを見ている。その目が「わかっているでしょう?」と問いかけている。
足音が近付いて来ている。
わたしは扉に目を向けたけれど再び八須へと視線を戻した。
わたしは彼に、どうして欲しいのだろう?
わたしは足音の主に、どうして欲しいのだろう?